第28話 新しい本と出会う

 はじめて自身のお金で買った本って覚えていますか? わたしがはじめて自分のお金で本を買ったのは高校生となってから。なんという本だったのか、いまひとつはっきりとした記憶はないのですが、レーベルはしっかりと覚えています。東京創元社の文庫レーベルである『創元推理文庫』。


 わたしの子どもの頃はSFブーム。『科学忍者隊ガッチャマン』『新造人間キャシャーン』『宇宙戦艦ヤマト』といったSFアニメを観て育った影響でわたしはSF好きに。SFといえば、昔も今ももっとも充実しているレーベルは『ハヤカワ文庫』なのですが、わたしは創元推理文庫の海外SFを手に取ることに……。


 それには理由があって。当時、中高生のあいだにゲームブックが流行。震源は社会思想社の文庫レーベル『現代教養文庫』のファイティング・ファンタジーシリーズだったのですが、これと双璧を成す存在が創元推理文庫のことスーパーアドベンチャーゲームでした。


 現代教養文庫のゲームブックは、非常に出来はよいものの海外作品の翻訳ということもあってクセが強いもの多かった。ブームに乗って、雨後の筍のように各出版社からいろいろとゲームブックが出ていましたが、その多くは粗製濫造ぎみだったと思います。


 ただ、創元推理文庫のスーパーアドベンチャーゲームは抜けてクオリティが高かった。『ゼビウス』とか『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とか、すごくわたしの感性に馴染むゲームブックだったので、創元推理文庫をにするようになったのでした。


 ゲームブックのおかげで創元推理文庫を知り、そこに以前から好きだったSFのシリーズがあると知ったわたしは、高校のあいだじゅう創元推理文庫を愛読するようになります。



 ちょっと話は変わります。以前、「田舎に転勤してから、通勤時に立ち寄る本屋さんがない」というようなことをエッセイに書いたと思います――が、あれから2軒ほど見つけたんですよ。


 もちろん、街の駅前にあるようなメガ書店ではなくて、クルマで立ち寄れる郊外型の本屋さんです。郊外型の書店……比較的幅員の広い道路に面し、駐車場を備えることで、自動車、自転車、オートバイなどでやってくる客をターゲットにした本屋さんですね。80年代から90年代にかけて、このタイプの本屋さんがすごく増えました。もっとも本が売れていた時代と重なります。


 郊外型の本屋さんも最近はどんどん姿を消していて、自宅の近くにはもうありませんね。職場近くの本屋さんもかなり年季の入った店構えで……30年くらいタイムスリップしたのかと思いました。とてもいい雰囲気です。学生時代に戻ったような気分。


 古い本屋さんでしたが、わたしにとっては新規開拓した新しい本屋さんなので、とても新鮮。本屋さんはお店によって推しの本や、陳列方法が違うので、いつもと違う本屋さんに行くといつもとは違う本に出会うことができます。ネット書店にはない、リアル書店ならではのメリットです。


 30年前の雰囲気漂うその本屋さんで見つけたのが、学生時代によく読んでいた創元推理文庫の本だったというのは、まあ、当然だったかもしれません。


『深い穴に落ちてしまった』(イバン・レピラ 白川貴子訳 創元推理文庫)


 スペインの作家による謎に満ちた奇妙で陰惨な物語。すり鉢の底に穴を開けてテーブルの上に伏せたような洞穴の底に落ちてしまった兄と弟が、なんとかして穴から出ようとするお話です。


 安部公房『砂の女』のシチュエーションのですね。穴の底にふたりきりというのも一緒です。どちらも不条理で理不尽な状況に置かれた人間のお話ですが、『深い穴に落ちてしまった』の方がサバイバルが陰惨です。


 創元推理文庫に収められただけあって、ミステリ仕立て。あちこちに謎が仕掛けられているんですけど、これがまた不思議で……。短いので一日で読めます。


 ジャンル分けの難しい本ですが、いつも読んでいるジャンルに飽きたら口直しに読んでみるのもいいかもしれません。

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