藍の水底

鳥尾巻

 子供の頃、シーツを海に見立てて遊んだ。海の底みたいな深い青のシーツは私と藍生あおのお気に入りだった。藍生は隣に住んでた仲良しの男の子。

 海賊船の船長、大きな鯨、南の島でバカンス、タイタニック号の悲劇、王子様に恋する人魚姫、想像の中で私達はなんでも出来たし何にでもなれた。


(なんだか懐かしいこと思い出しちゃったな)


 よく干したお布団の日向の匂いと清潔なシーツの香りに包まれるのは心地良かった。遊び疲れた私達は大人が見つけに来るまでよくそこで眠っていた。

 水底に沈んだ2人だけの世界。ウトウト漂う夢の海。手を繋いで眠りに落ちる直前に、閉じた藍生の白い瞼と長くて密な睫毛を見るのが好きだった。規則正しい寝息は私の子守唄。


(久しぶりにやってみる?)


 今日はいい天気。ベランダに干した布団はきっとふかふかだろう。私はベッドの上に広げたシーツのファスナーを開けて中に入った。偽物の海の縁からそっと潜り込むと、生地の中から光が透いて見える。まるで海の底から空を見上げてるみたい。


「何してるの?」


 一人で海に潜る空想に浸っていたら、シーツの端を持ち上げた彼と視線が絡んで我に返る。子供じみた遊びをしていたのがバレて恥ずかしい。でも開き直って彼も巻き込もうと企む。私は横向きに寝そべったまま手を伸ばした。


「おいでよ」

「溺れさせるつもりだな、海の魔女め」

「子守唄を歌って差し上げますわ、勇者様」


 ノリノリな彼の筋張った大きな手を両手で掴んで引き込めば、大袈裟な悲鳴をあげて転がり込んでくる。大人になった今は、シーツの海は少し狭い。

 笑い合って絡まり合ってもつれ合って、そのうちお互いの熱を含んだ生地はもうぐちゃぐちゃで。くぐもる吐息と汗ばんだ肌の水気を吸ってしっとり濡れる。


 2人だけの水の底。ウトウト漂う夢の海。手を繋いで眠りに落ちる直前に、閉じた白い瞼と長くて密な睫毛を見るのは今でも好き。

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