第2話:…………バター餅食べる?
「あ、もしもし?………うん。今、東京、駅……?着いたとこ、なんだよな?この……建築物は。……あ?笑ってんでねぇやオイ。どうせオメんども最初はそうだったろ。
……あぁ、今日だば宿取ってるから大丈夫だな。……うん大丈夫だって。…だから大丈夫だって。バカにしてらんだが?……うん、明日な。………あい。へばまずな」
通話中止をタップして親友、”
「どうぞ~」
え?何?キレイなお姉さん……?え?
「……ヒェッ?………あっ、くれんの、です?」
「はぁい」
「あっあっ…!ティッシュ配りってんだべ!?あぁハイハイ!んにゃなんも!こいだば
………。
あぶね……。ビックリさせやがって。そういえばそんな文化もあるんだったな……。
ふぅ………人生勉強だな。
で、どこ行きゃいいんだっけ?
…………ま、こんなこともあろうかとしっかり地図帳も持ってるんだよなぁ!準備の大切さは特にじさまから言われてるからな……………………。
ん~?
あぁビックリした。めちゃめちゃテンパるじゃんあの田舎者。まさか初めてティッシュ配りにお遭遇したわけじゃないだろうし。っていうかさっきなんて言ってたんだろ……?
ていうか、なんか……変だったな?いや喋ればどう考えても変だったんだけど、それまでは特に何とも思わなかったような……。あんな大荷物だったのに……?
ま、いいか。いいか?……いいか。
それにしても、駅の構内で仕事で良かったなぁ。今日から3日くらいの間雪降るって言ってたんだもんなぁ。ヤダなぁ……。
「………………やべ~」
あれから2日、完全に遭難してしまった。笑える。笑えない。笑うな。
まず東京駅から出るのに1日使ってしまった。一体何だったんだあの不思議なダンジョンは?奇跡的に何口とも知れない方角から辛うじて這い出てこれたけど。看板に方角で書くならもっと平面にしてくれ。アリの巣かってんだ。
まぁそれはもういい。だって出たから。もう楽勝よ。僕は1度通った道は忘れないのだ。
「で、だ」
地図帳を片手に辺りを見回す。
「…………わがらんね」
たぶんどこかの住宅街だろう。さっきからどう歩いても十字路しかない。辺りの家を見るにたぶん住宅街だろうが、この区画に入った記憶も出方も分からない。こういう区画を碁盤の目状というが、まるっきり碁盤そのものだ。どこからも出られない。ペットボトルで作る魚用トラップか?
全くもってここが何処かも分からない。現在地が分からなくなったってことはどっちに向かえばいいかも分からないってことだ。
まさかここまでとは思わなかった。だって地図帳さえあれば絶対迷わないと思ってたんだもんね。まさか地形図より道路図が優先される世界があるとは。じさまはこんなこと言ってなかったけどなぁ……。
目的地に向かって直進できれば良かったんだけど視界を塞ぐような建物が乱立していてろくに真っ直ぐ進ませてくれやしない。なんで道なんてものを進まなくちゃならんのか。
あと関東平野とかいう地形もはんかくせでばってな……。山さえあれば自由に歩けるし上から確認できるのに。せめて上ってもよさそうなビルでもありゃあな……。
ぐごごご……。
腹が鳴る。昨日おとといは4,5店コンビニを見たし入ってメシも買ったんだけど、旅行に来てまでコンビニでなるたけ済ませたくなかったのでもうない。意外と駅周りじゃないと店とか無いし。
昨日の夜から何にも食べてないし、あの公園のハトとか食っとけばよかったかな……。逃がさなきゃよかったわ。僕も都会に染まってきたってことなのかな……。
あ?でもダメなんだっけか?鳥獣保護法?
「……おっ。」
やっと三叉路に突き当たった。後は外周を適当に歩けばひとまずこの区画からは…………あれ?
スンッ…………。
「川、だな」
音はしないがどうも流れる水の匂いがする。道は繋がってないし民家が連なっていて見えてないけど間違いないだろう。
「う~……ん」
正直最初は圧倒的迷子にウキウキしていた部分もあったが飽きてきた。九郎にも会えないし。会えばべらぼうに怒られるのは必至だが流石に会わずに帰ることになるってのはもっと最悪だ。何のために来たんだってなる。
川を下るか上るかは見てから決めるがいずれにしても川の名前さえわかれば現在地も分かるな。地図帳あるし。
しょうがない。ちょっとなりふり構っていられないラインまで来てるんだ。道とか知るか。
辺りを見回して頭よりある塀に手を掛け雪を払い、飛び上がる。荷物もあるが、このくらいなら膝くらいなら一息で乗せられる。
「フンッ……っと」
あー……。調子出てきた。どうも行きたい方向に自由に行けないってのは思ったよりもストレスになるみたいだ。
「ふふっ…………」
やっぱり面白いよな、この状況。
「どうも寂しいんだか、独り言多いのも笑えてくるだばってな」
あーおもしれ。重心のずれた背嚢を背負い直す。今日中にはどうにかなりゃいいなぁ。
誰かに見られる前に足幅くらいのコンクリートの道をすたすたと歩き出す。
「おい、そこの兄さんデカいかばんの」
「ん、僕です?」
「おう、あんただ」
あの後すぐまた民家に突き当たったが、幸い誰も居ないようだったのでこそっと飛び降りて抜けられた。その後すぐ土手に辿り着き、どうも橋が上流にあるようなので上る事にした。橋の親柱でも確認すれば川の名前か、最低でも橋の名前は分かるだろうと思って。
で、川べりを歩いているところだった。
「見たところ同業みてぇだが知らん顔だな。ここは俺んシマだから他所でやってくんねぇか?」
………何のことだろう?全部が意味わかんないな。なんか齟齬があるみたいだ。
「あー、申し訳ないけど何言ってんだかわがらんだばって。なんぞ間違ってらんでねべが?」
どうも世捨て人然としたいわゆるホームレス……だと思う。見たことないけど。でも話に聞くホームレスとは違うような、結構立派な体格してるオッサンだ。………ん?同業?
「………なんて言った?」
「え?………………あぁ!」
すっかり忘れてた。何しろ秋田の外に出たのは修学旅行の函館以来だし、通じない人は居なかったから。そういえば方言ってあったわ。
「あぁいや、秋田から来てるもんで。どうもなにか勘違いしてるようだけども。僕、旅行…?者だから何の話なんだかって」
「あぁそう悪かったな。それっぽかったから。あと、それ」
そう言ってオッサンが指を指す先には、
「こんゴミ?……あぁいやコレは僕のと、拾ったやつ。特に理由とか無いんだけど」
背嚢の横に結ばれたビニール袋と手に握ったペットボトルゴミだった。見ればオッサンの横にゴミ袋があった。なるほどゴミ拾いね。
「そう、偉いこった。じゃペットボトルと瓶だけくれや。後は自分で捨てな」
「ま、いいけど。……あ。そうだ、へば場所教えてくれません?ここどこです?」
オッサンは目をまん丸にしていた。
「迷子?」
そうだけど?なに?
「……ヤバいなお前。ちょっとついて来い。ウチで話そう」
ついていく他ないな。
「ありざっす。行きますよ。あぁソレ持ちましょうか」
言うが早いか傍らのゴミ袋を持つ。
「お?おお、お前その馬鹿でかいカバンもあるのに悪いな」
「んにゃなんも。歩くだけだばなんぼでも大丈夫ですんで」
そうか。とオッサンは歩き出す。さっきまでの僕の進行方向と同じだった。
「それにしても本当にずっと迷子だったのか?今時そんだけ迷子になれるなんてよっぽどだぞ」
「どうも東京は勝手が違うみたいで。地図だけじゃダメなんだな。コンパスの1つも持ってくりゃ良かった」
「は?………バハハハハ!やっぱりおもしれーなお前!」
ガタイの良いオッサンらしい豪快な笑い声だ。酒とか好きそうな。
「ちょっと話聞かせてくれよ!……お、そうだそうだ。名前は?」
「あぁ。茶田です。
「名前もおもしれーな。俺は
というわけで自己紹介と、これまでの経緯を軽く説明しながら金児さんの家に来た。
「へぇ~……。割と気温が安定してる感じするんですね。橋の下って」
そこはちょうど僕が目指した橋だった。ただしその下だけど。
「だろ。後は新聞やら段ボールやらで囲って中でうずくまってりゃ快適なモンよ。たとえこんだけ雪が降っててもな」
表ではチラチラと雪が降っている。寒さは特に気にならないが降雪量が中途半端なので足元がべちゃべちゃの濡れ雪なのはたしかに大変だったな。
「参考にします。昨日の夜は流石に少し応えたので」
「そういやどうしてたんだ?どこにも泊ってないんだったよな」
金児さんの家……その段ボールハウスに金児さんが腰掛けながら雑談を続ける。1.5畳程の毛布の入った寝床には腰くらいの高さの壁が立っていてブルーシートで覆えるようになっている。
僕も示された場所に背嚢を下ろす。安定した重心になるように背負ってはいるがそれにしても時間も歩行距離もあったのでスッと楽になる。
辺りを確認すると他にも似たような構造の段ボールハウスが3軒あった。が、誰も居ない。たぶんさっきの金児さんのように”仕事”してるんだろう。
「ん?どうした?」
「………あぁいえ。金児さんの家だけ立派なのかなと思って」
金児さんの家の横だけに目測およそ幅1m、奥行2m、高さ1.6m程の段ボール製のコンテナがあった。しかも厳重に目張りもしてある。
「………これか?まぁ。ちょっと荷物が多くてな。…………で、どうしてたんだ?」
背嚢の横に縫い付けたドリンクホルダーからほうじ茶を抜きながら何の気なしに答える。
「公園で寝ましたよ。屋根のついた遊具はなかったんですけど。まぁこっちの一晩くらいコレだけで結構いけます」
そう言って背嚢の上に縛り付けた外套を指す。
「いや………。まずなんだそれ。寝袋か?」
「外套……マントです。ジャングルジムの中で上に背嚢置いて、これ羽織って体育座りでくるまるんです。体温逃がさないように。秋田でもこの手法であとちょっとしっかりした装備ならギリギリ寝られますよ」
ほうじ茶を飲んでから適当な平面に座ると、金児さんがこっちをさっきみたいなパチクリとした目で見ていた。ただ今度はちょっと引きつっているような困惑顔も加えて。
………あ、なんかまた勘違いされてるか?
「んにゃ、別に普段からそんなことしてるワケでばねがけんどもな?……………じゃないんですけどね」
また出てた。どうも意識してないと喋ってしまうな。
「いや……そうじゃねぇんだけど……。ほへ~……面白れぇなぁ」
ちょっとおもしろがりが過ぎるんじゃないか。こちとら我が身ぞ?急に周囲の目が気になってきたかも……。ないけど。
「あ~、そんなヤツもまだいるモンなんだなぁ秋田って……」
「まぁ、ウチのじさま譲りだもんで。で、ですよ」
やっとこそうまいこと行きそうになってきてテンションが上がったのか、雑談に精を出してたけど忘れてはいけない。いい加減に現在地の特定くらいはしなくては。
「あぁ
このオッサンの話はどうしてもちょっと逸れるみたいで軽く気になったが教えてもらう立場なので飲み込んで、地図を広げる。
「えっと、この丸ついてるのが昨日の宿の予定だったとこですね……。余裕あったら謝りに行かないと……。」
「要らねぇだろ」
「そういうもんなの……?で、友達の家が……千葉?とか一応都内とか?言ってたんですけど、聞いてなかったから知らんです」
聞いとけば良かった。もっとしっかり注意してくれない九郎も悪いけどな。……悪いかな?
「ふ~ん、じゃあ浦安とか江戸川区辺りかな……。お前、賽ノ助だったか。その方向感覚でよく山に居れたな。いや、バカにしてるワケじゃないんだが。なんか山とは感覚が違うのか……?えーっと」
こっちに問いかける感じじゃなく、つい口をついたみたいだ。地図から目も離さないし。
言われてしまった、気にしてたのに。山を歩いたりするのは間違いなくできるのにこっちではこの有様だ。自信もなくしてしまうな。
実際どうも緊張していたのかよく考えりゃもっと早く人に聞いたりすればよかったんだ。つい孤独の気分になっていたみたいだ。
「あぁこれかな……。これだ。おい、見つけたぞ現在地」
…………そのページは東京都の拡大じゃなく、ちょっと広げた関東の地図だった。指し示された指の先を見つめる。
「荒川の………?」
埼玉?
埼玉だった。
「はぁ~…………」
「まぁそう落ち込むなって。ほら、食うか?」
段ボールハウスからタッパーに入った何かが出てくる。あっ、そういえばメシをずっと食べていなかった。思い出したら急に腹が減ったな。
「いただきます……。何ですコレ」
カパっと開けると白いパサパサしたブロックがあった。ちょっと匂いが特徴的な……。淡水魚かな?
「アリゲーターガー。塩焼きだぞ」
えーっと………。あぁ!アレか。あのカッコイイヤツ!
「アレ捕れるんですけ!?」
「おっ知ってるか。どっかのドマヌケが逃がしやがったからな。東京近辺の色々な川に棲むようになっちまった。そのありえんクソ間抜けのお陰で俺はお腹いっぱいだがな。くせぇけど食えるぞ」
「へぇ、最悪ですね。そういう話べらぼうに嫌いですけど魚に罪はないですから。有難く、いただきます」
手を合わせてからガーの塩焼きをいただく。
………うん、パッサパサでドブ臭いが、なにぶん腹が減ってたのでとてもうまい。たんぱく質の味がする。
「んめです。んめ。……冬でも捕れるんですね」
たしか亜熱帯、熱帯くらいの魚だと思ったけど。
「下水が入ってくるところがあったけぇんだな。その分くせぇんだけど」
「なるほどどうりで。ごちそうさまです。……んっ、げはっ!!んんッ!」
あっという間に全部なくなってしまった。お茶を飲んだ途端に臭さがこみ上げてしまったが。
「おう。よく食うなぁ。まだ死ぬほどあるからお土産に持ってけや」
「良いんですか?ありがとうございます。帰る時にタッパ、返しますね」
いいよ、と手を振って金児さんはタバコを吸い始めた。
…………………………さて。どうすりゃいいんだろ?
「あの~「まあ待て………フゥ~」
えぇ……。
「またフラフラと歩くつもりだろ。いくらお前が健脚おもしろ人間だろうが適当に歩いてもまた元通りだぞ」
そりゃそうだけど。でも……。アレ?ハナから詰んでたってコト?
「そろそろな、知り合いが来るんだがソイツに乗せてってもらえ。俺は持ってないけど携帯も充電できんだろ。多分」
天才だった。
「何から何までありがとうございます。へば、お言葉に甘えさせて頂きますね」
これが人の温かみってヤツなんだな。よくこっちは冷たい人が多いなんて言われてたけど、東京でも関わってみればいい人居るんだなぁ……埼玉か。………なんで埼玉居んの?
「おっ、ちょうど来たかな」
ピクッと金児さんが顔を上げてから遠くの方から微かに他とは違った排気音がしてくる。耳がいいのかな。
その排気音が近づくにつれてどんどん音量が上がっていく。が……。デカすぎやしないか?際限なく上がっていく気がする。
「まだ乗ってんのか……。ったく雪だぞ」
ババババババ!!と、まだデカくなる。バイクか。
やがて真上に来た。バの一音ごとに空気の膜が破裂したみたいに震えていた。どうにも落ち着かないが、金児さんは悠々と煙を吐いている。
ババババゥ……。やっと止まったな。うるさ……。
「金児さァーん!!お疲れ様でェーッす!!」
さらに畳み掛けるように排気音に負けないような大声が橋の上から降り注ぐ。これもだんだん大きくなりながら。
ダンッッッッ!!!
は?人が降ってきた。一瞬事故かとも思ったけど明らかに声の主ではある。大丈夫なのか?その人は衝撃を転がって殺すようなこともせずに、その場でいわゆるヤンキー座りのままだった。ていうかヤンキーだ。背中に大きく金の刺繡で”舞血技離”って書いた黒い特攻服だった。ヤンキーと言わずしてなんと言うか。
「
腰を上げた金児さんがその人に歩み寄る。
「ぬんッ…。大丈夫ッスよ金児サン、スパイクに替えてるんで。それにオレがこけるこた絶対ないッスもん」
「バカが」
金児さんはソレはその
「アレ金児サン、誰ッスかコイツ……あぁお隣サンか。お疲れ様ス」
またかい。まぁしょうがないけど。
「ちげぇよ。悪ぃな賽ノ助。コイツは
「はい。友達です。どうも」
軽い会釈から顔を上げると明らかに”?”がその金髪のソフトリーゼントに浮かんでいた。そりゃそうだがちょっと面白いな。立てた髪の分があっても僕の方が全然身長が高い。見たところ160cmくらいか。下から不審な目で覗き込んでくる。
「あ……?はぁ、どうも?」
「はい。よろしくお願いします」
金児さんがクックッと笑いを抑えきれずに噴き出す。
「バハハハ!傑作だな。で、だ慧人。賽ノ助連れてってやれ。今から東京だろ。コイツ迷子なんだとよ」
さらに”?”が積み重なる。事情は知らないけどかわいそう。
「えへへ。悪ぃばって頼んます」
慧人さんは俺のつま先から頭のてっぺんまでをジロジロ見て、なおも不思議そうな顔をしていたが、一旦諦めて金児さんに向き直る。
「……ってこたァやっぱ、来てくんねェんスね。分かってくれると思ったんッスけど……」
どうやら一先ず居ないものとして扱われたようだ。とは言え話も読めないし何やら込み入ってそうだったので空気の読める僕はただ荒川を見つめたりしてみる。
「アレ、母サンのこと、忘れたわけじゃねェんでしょ。金児サンがいりゃあぜってぇ上手く行くんだ。……頼むよ」
あっ、なんか跳ねた。
「……ダメだ。
なんだか僕の入る余地のないくらい重たい深刻な雰囲気なのではないでしょうか……?つら……。
「あ、あのぉ………僕やっぱり」
「分かったよ!金児サンならと思ってたけど……!それが大人だってんだよ!もう来ねェかンな!!」
あらぁ…………忘れられてるカモ?
「テメェも来い!……っていうか何なんだテメェはよ」
「いやぁ……迷子ですぅ」
名状しがたい存在である僕はおっかなびっくり金児さんの顔を伺う。助けてください。あっ、行けってか。しっしってされちゃった。もう話はしまいだとばかりにタバコを咥えている。
「申し訳ない……。あとあのでっかいカバンも僕のなんですけど、大丈夫ですかね……?」
「あぁ?早く取ってこいや」
とてもとても居たたまれない。とにかくこの2人の間には居たくないのでそそくさと支度する。あっそうだ。
「金児さん。あの、よく分かんねんだけんども……ありがとうございました。……コレ、どうぞ」
真空パックの黄色いぐにゃぐにゃを手渡す。
「バター餅です。ホントは九郎に渡すヤツだったんですけど。まぁいっぱいあるし。食ってくんだい」
「………おう、頑張れや。賽ノ助、お前はダチと遊んだらさっさと秋田に帰るんだな。たぶんだがお前にゃこっちは合わねぇよ……。うまコレ」
「それは実感してるとこですけど、でも少なくとも金児さんに助けられたことはいい思い出です。……へばまんずで」
お互いに手を挙げて挨拶して、別れる。こうなったのも6:4で悪いのは僕だが不思議な縁もあるもんだな。とか考えながら、旅の恥は搔き捨てなのでついでにもう一恥掻いておく。ちなみに4の方は都知事だ。
「じゃ、申し訳ない。慧人くん、まんずよろしくお願いします」
「まぁいいけどよ……。で、何処行きゃいいんだ?」
2人で土手を上がりながら、困る。僕が聞きたいもの。
「どうなってんだよったく……。携帯は?」
背嚢の腰ベルトに装着したポーチから鉄の板っきれを取り出す。ガジェットのことはよく分かんないので、『1番硬いのお願いします』って店員に伝えて出てきた逸品だ。
「充電がなくて……」
「なんだバカか」
「ぐぅ……」
辛うじてぐうの音くらいは出た。じゃあセーフだ。
「あ~……一旦オレの行くとこについて来い。オレん仲間ならそのタイプの充電器くらい持ってんだろ」
今度こそ助かったか?でも、慧人くんの仲間の仲間って多分、ゾクだよなぁ。ま、いいか。
「おら、オレの単車だ。後ろん乗りな。このメットかぶれ。捕まってろよ」
矢継ぎ早にまくし立てられ、都度僕はハイ……ハイ……と従う。これが萎縮だ。
そのバイクは確かトラッカーとかいうタイプで、シンプルなシルエットをしていた。意外。てっきりごっついヤツかと。
「時間的にギリギリだ。ちょっと飛ばすぞ」
「ご安全に……」
「おい!賽ノ助!歳はァ!?」
「じゅーくぅ!!慧人くんはぁ!?」
「じゅーななァ!!なんだオレより上じゃねェかよ!迷子ンなっていい歳じゃねェぞ!!」
「それはホンットにそう!」
「だったら大丈夫だなァ!ウチん連中はみんな大人が大嫌ェなやつばっかだからよォ!気ィつけな!!」
こわ……。でもまぁここまで見事な迷子になれる大人も居ないだろうし。いいか。しかしいよいよゾクっぽいな。
以降、到着まで会話は無かった。そりゃ友達でもないし。あとそれどころじゃない。速い……。
だんだん速度が落ちる。着いたのかな?
おおよそ40と数分だろうか。たぶん5時とかかな。ここは……。
「東京タワーじゃん………」
なんの用事があるんだろ。ひょっとして観光案内?絶対違うけど。
タワー真下の入口に一番近い道路に路駐してしまう。
完全に止まったのを確認してから先に降りる。……良いんだよね?
「アレッ!?コメットじゃん!珍しく遅いね!」
後ろから呼びかける女の子の声がする。意味は分からないがこっちに言ってるっぽい。
振り返ると、いかにもスポーツができますって感じのジャージに短パンの大きい女の子が両手をポケットに突っ込んで朗らかな笑顔で立っていた。冬だというのに日焼けしている。たぶん毎朝走り込みとかしてるんだろうな。
ん?もしかして希望の女神か?暴走族とかじゃないのかも。
「あ!その人がいっつも言ってる金児さん?」
慧人くんと同時に僕もメットを取る。
「じゃないっぽいけど。」
メットを慧人くんに渡すと怪訝そうな顔でこっちを見てくる。僕が怪しいのは充分知ってるだろうに……。
「バイク、あそこでいいのけ?」
「今日はいいンだ。オレはな。………お前、もしかしてバイク乗りか?」
「え?いや違うけんども……」
なにか納得いかない様子だが、特に言及はしてこない。思い当たる節もないし僕からも特に突っ込まないけど。
「フレアか。おめェも遅れてんじゃねぇか。もう始まってるかな。……金児さんは来ねェ。ダメだった。……おい賽ノ助、ついて来い」
「あいあいさー……?」
どうも何の集まりか想像も出来ない。大人しくついていくしかなかった。
3人で建物に向かう。黄色と黒のロープが張られた入口を事もなげに乗り越える。いいのかな?自動ドアが開くと、中は無人だった。そのくせ電気とかは点いている。どうも人の姿だけがなかった……。空気の淀みは感じられない、少なくとも昨日までは営業していたように思える。なんだろう……?僕だってそんなこと普通ないことは分かる。不穏な気がするな。
「あなた、賽ノ助……さんかな?コメットのチームの人?」
「チーム?んにゃ違うけども。慧人くんにゃ頭が上がらんのは間違いないよ」
慧人くん、やっぱゾクじゃん。とは思った。言えないけど。
「この人はオレもよく分かってねェからちょっと説明がめんどいな。なんか迷子らしいからサテライトに携帯充電させてもらうところだ。アイツなら持ってんだろ」
どうもさっきから飛び交うカタカナは人のあだ名、いやコードネームってヤツかな?イカしてる。
「アッハハ!?なにソレ!?面白いじゃん!」
スパッと笑われるとこっちとしてもありがたい。別に一発芸のつもりはないけども。
「アタシは
一歩前を歩く2人はスタスタと迷いなくエレベーターに乗り込む。
「はぁ。よろしくどうぞ………ね、慧人くん、ここってどういう集まりなの?」
どうやら大展望台に行くみたいだけど、もしかして貸切ってコト?にしてもこうなる?
「テメーにゃ関係ねーな。金児サンに言われたから連れて来ただけだ。下手に首突っ込むなよ」
「あっ、ハイ……。でも気にならないワケなくない……?」
「あ?」
「いやおっしゃる通りです……」
……ネックウォーマーを口まで上げる。
「……アハハハ!ホンット面白い!ぜんっぜん掴めない雰囲気もそうだしそれに」
ケラケラと明るく笑っていた彼女は突如としてニヤリとしたかと思うと。
ッ!!
カチャ。
数瞬前まで僕の眼のあった位置、今は眼の前5cmのところに線が見える。金属の円盤のようだ。鋭い。縁が、研いであった。
「ほら、さっきから、今でさえよぉく観察してる。当てるつもりで振ったのによけた上で瞬きもしてないじゃん」
近頃の女の子は円盤状の刃物を突き立ててくるのか。都会は怖いなぁッ……!
「この人さぁ……!連れてきちゃあダメだったんじゃあないの……!?」
ケンカは得意じゃないんだけどなぁ……!
「止めねェか!!!!」
うるッッさ!耳がキーンなる!蓮ちゃんも構えを解いて耳を抑えている。どうやら助かったかな?
「この賽ノ助はオレが金児サンから預かったんだ。コイツがなんだろうと責任はオレにある。それに金児サンがダチだって言ったんだ。敵じゃねェ」
仁王立ちの慧人くんが冷静に話す。なんとも堂々としたカッコイイお姿だろうか。この中で1番小さいケド。
「惚れるぅ……」「コメット、かっけー……」
ん?蓮ちゃんと目が合う。まだ巻き返せるか?…………気になることは色々あるが。ありすぎるが、今大事なのは敵にならないことだけ。だとする。つまり。
「…………バター餅食べる?」
笑う。敵意の出ないように。
するとまぁキョトンとする。そりゃそうなるが、どれだけ不審だろうと敵じゃないとさえ思われればいい。
「うん。うん……?」
なにがうんだよ。こんな状況なったら誰だって警戒するでしょうが。
「えーっとね?僕も携帯どうにかしたらすぐどっか行くんでね?邪魔しないから、ね?」
ッチーン♪
あっ、着いた。いやはやメチャメチャに長かったような気がする。
何が何だか分からないが、どうもかなり居ちゃダメらしい。もう野山に帰りたかった。助けて九郎。
ゆっくりと自動ドアが開く。
慧人くんの背中に隠れるようにして、そのなんかの集会らしいソレの様子を覗く。
まず目に飛び込んでくるのは広がる大展望台フロア。勝手に想像していたより広いんだな。
あと奥には夜景が見える。今は12月だ。ちょっと前に日は落ちてここから見える範囲でも町明かりが広がっていた。
そして、
「―――めたこの4人にもう2人、遅れてるけどね。6人で……あぁちょうど来たね」
4人、なにやら大きめのカメラとかパソコンとかの前で並んで立っていた。
なんかの撮影……?
えぇ……?タイミングわるぅ。幸いにして外をバックに撮影しているらしいので僕らは映っていない。どう考えても僕が映ったら放送事故だ。
どうしよ。超、うさん臭い。
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