TOKYO BEAST TRAILS!!

やねろく

第1話:「醬油ラーメンとチャーハン、両方大盛で」



 「あぁぁあぁもぉ~~………うんち!」

休憩のためにスタッフルームに戻ってきてすぐに携帯を確認する。が、未だにあの電話以降の連絡はない。こっちからの電話にも出ないし。だから言ったのにあのバカは。おおかた方角とか太陽の位置とかをムダに確認して日本地図を見ながら住宅街をウロチョロしてるに違いない。絶対やると思ってた。あ~もうバカバカ。

「えっ、九郎くんどうしたの」

「あぁスイマセン店長。いやね、地元の友達がこっちに遊びに来てる……はずなんですが、どうも一昨日から行方不明になっちゃってるみたいで。どうせ迷ってんだと思うんですがね」

「ぅえぇ……?ホントに大丈夫なのそれ……?」

困惑される。そりゃそうだ。俺だってそうだもの。まさかここまでかっぺだったとは……。

「でも迷ったって言っても交番とか、最悪そこらの人に聞いたりすると思うんだけど。もしかして事件とか……。可能性あるんじゃない?」

そう言われるとそうだ。そうだけど………。でも、アイツにその発想が無いなんてふざけた可能性がないとも言い切れない。あの家族を人間の常識で考えてはいけない。野生の動物の方が近いかもしれない。少なくとも現代人ではないのだから。

「うーん………いやぁ……でも、まぁ正直言ってそんな心配はしてないんですけどね。人類が絶滅してもアレだけは生きてそうですし。」

つい気恥ずかしさから頬を掻く。ある種の信頼だけはできるのだ。賽ノ助さいのすけが餓死と凍死することだけは絶対にない。

「ただ、こっちの予定を壊すのだけは許せませんがね……!」

せっかく来るっていうから昨日は練習だって休んだのに。

そうだよ、俺は来る前も忠告したし!着いてすぐの連絡の時だって言ったんだ!そんな面倒見てらんねぇ!その内捜索願でも出してやらなぁな!

……………バイト終わったら一回警察署に行くか。一応な。

「ふーん、なんか、大丈夫ならいいんだけど。……九郎くん地元どこだっけ?」

「あ、秋田です。秋田の山の方。いやさ、山ん中ですね。」

いつもナントカ市とか言ったって伝わらないし十和田湖とわだことか白神山地しらかみさんちって言ったってピンと来ない人のが多い。クソ田舎だってことさえ伝わればいい。

「あぁ~、じゃあこの季節雪凄いでしょ。こっちだって降ってるくらいだもの」

「そらもう凄いですよ。2階建ての家の屋根に歩いて登ったり。車の屋根が潰れたり。向こうから来ると、昨日今日程度の雪で電車が止まったりしてるのがまだ不思議ですね」

店長は軽くウケながらパソコンで仕事を続けている。コンビニバイトは正味クソ面倒で生活費が懸かってなきゃやらんが、店長や他のバイトは特に害のある人じゃないし過ごしやすくて助かっている。

「―――こっちから話振っておいてなんだけど。」

更に少し話をしていると急にやや真剣な顔になった店長がこちらに向き直る。

………?

「ご飯食べなくていいの?」

「あっ」


これもアイツのせいって事にしておこう。



 その後は何にもなくフツーにバイトを終える。ロッカーのあるバックヤードにはいつも通り店長と、あと同じく上がりのジジイ。

「へばまず、お疲れ様でー」

言ってからしまったと思った。一昨日久しぶりにアイツと話したからか。こっちでは出ないように意識してたのに。

「ん?今なんて言いました?」

「いやスンマセン。方言出ちゃって。へば、まず、ってさよなら的な感じで言うんです。じゃあまた、って感じで。」

「ふ~ん。面白いね」

「あー……そうですね。結構好きな言い回しなんです。まずって。」

なんとなく感じてた感情が今久々に使ったことで思い出される。

「なんか漫画とかで『さよならよりまたねって言おう』みたいな話があったんですけど。こう言うと親しみみたいなのがあるんですよね。また会おうってより更に。なんていうか、一旦別れるだけって感じがして」

うん。言葉にするとこの感情が整理されて腑に落ちる。ロッカーからバックを取り出し、コートを羽織る。

「九郎くん……」

ロッカーを閉めると店長も、ジジィもこっちを見ていた。………なに?

「やや気持ち悪いね」

「お疲れ様でぇーす!!」

退勤ガチャーン!

「ソレ、女の子に言ってみたら?」

「お疲れ様でしたァ!」

クソがよ。



 さて、夕方だけどギリギリ警察署は開いてるだろう。一応ちょっと急ごうか。

しかし……こっちの雪はしっかり積もらないからか絶対足元でびしゃびしゃのみぞれになるのはヤダな。あと……。

周囲を歩く人達は一様にコートとマフラーとカサを装備して早足で歩いている。

ホント意味わからんけどなんで雪が降るとカサを差すんだ?

駅に着くと構内で立ち止まってる人がやや居た。やっぱりか……。

ため息を一つ吐いてから改札横の駅員さんに聞く。

「あの、スンマセン。やっぱ今遅れてますかね?どのくらいですか?」

「そうですね……ハイ。え~今10分ですね、遅れてます。ごめんなさいね」

この感じ、たぶん何度も聞かれてたんだろう。

「あ~お疲れ様です。ありがとうございました」

携帯で時計を見る。え~……。ま、間に合いそうだな。待つか。

「あっ!ちょっといいッスかお兄さん!」

カードの入った財布を取り出して改札を通ろうとしたところで声を掛けられる。たぶん俺だよな?声に覚えはない。が、一応振り返る。

「俺ですかね……?」

振り向くと2人の女の子が居た。紅白のジャージに……短パン!?のいかにもスポーツやりますって恰好の背の高い女の子と、対照的に薄汚れたでかいフード付きポンチョの顔の見えない背の低い白髪の女の子と。

慣用句風に言うと風邪引かなそうな方がこっちを見据えている。

「うん、お兄さん!」

なんで自分に向けられた声って直感でそう分かるんだろうか。

「今駅員さんと話してたよね?たぶん遅延してるみたいだからその話だろうけど、どの位だって言ってた?」

なんで自分で聞かないんだろ?とは思ったんだけど、とっさに女の子に話しかけられて無下にするような発想はない。…今発想したな。

「……あっ、違った?ごめんね?」

「あぁいやごめん、合ってるよ。10分遅れるってさ。参っちゃうね」

「えぇ~。だってさポラリス。ありがとうお兄さん!」

手を挙げて応え、そのまま改札を抜ける。年下の女の子と話す機会なんてそうそうないから対応が合ってたのか何とも分からないけど。こんなの流石にいい気分だ。

声だけは聞こえてくる。

「――アタシ走ってくよ。一駅で10分ならアタシの方が早いし。ポラリスは?」

こういうヤツいたな。若い短パンは違ぇわ。

「私は待つ……。何があろうとも……」

何その覚悟?あとさっきのは流したけどあの子ポラリスって呼ばれてんの?すっご。

そこからは聞こえなかった。



 言われた通り10分の遅延ちょうどで電車が来る。時間ギリギリでも相談できるんだろうか?とか一抹の不安を抱えて電車に乗り、そこから特に何事もなく警察署の前まで来る。来てから改めて考えると、今時成人直前の男が迷子ですって警察行くか?って思えてきた。いや実際に起きてることなんだけども。大事にしすぎかなぁ?でもまた電話してみたけど、やっぱり出ないしなぁ。

しょうがない。行かなきゃ不安なままだしな。

諦めて自動ドアを通り辺りを見回す。捜索願なんて出したことあるわけもなく、どこ行きゃいいのか。

ほんの少し掲示板やら案内図の前でうろうろしていると受付から声がかかる。受付時間ギリギリだからだと思うが、入ってからすぐのことだった。

「あの、何かお困りです?」

刑事さんに改めて自分の用事にちょっとためらいながら答える。

「あー……。あのですね、いや、いいんかなとは思うんですけど。地元からこっちに旅行して来た友人と連絡取れなくなりまして…。19の男に対して気にしすぎなような気もするんですけどね……。でも心配になるようなヤツで……。」

言っててなんとも惨めというか、情けないような気分になる。何も悪いことをしてないのは理解してるんだけど、俺はいったい何を相談してるんだ。

「なるほど……。いや、なんかの事件の可能性だって捨てきれないし、何もなかったらそれでいいんだから。来てくれて嬉しいよ。…ん?ちょっと違うな。うん。ちょっと待ってね。あと身分証明書用意しといて」

ん?なんかヘンかこの刑事さん?

あまりにも突出した違和感のある言葉を考察していると、カウンターの奥のキャビネットから書類を持って刑事さんが戻ってくる。

「じゃ、これ書いてもらえる?分かる範囲でいいから。…免許ちょっと確認するよ」

「ありがとうございます…。えぇと…?」

そこには行方不明者の個人情報や状況の記入欄、それに行方不明者の病歴やいわゆるクスリをやってないかの欄まであった。

「そこにもあることなんだけど書きながら聞かせてもらっていいかな?」

カウンターを挟んで刑事さんが肘をついて聞く体勢になる。お前はバーのママか。

「はい。よろしくお願いしますね」


名前。茶田 賽ノ助 さだ さいのすけ


改めて書き出すと、もう慣れてはいるけども面白いと思う。何よりアイツらしい。

「へぇ!さいのすけ君ね?いい名前じゃない。頭良さそうで。あ、秋田なんだ。キミもそうなんだっけ?」

「はい。幼なじみってヤツで。一昨日にこっちに着いて、その時には電話で話したんですけどね」

賽ノ助の住所や年齢、誕生日、を書きながら答えていると次の欄で手が止まる。背格好、当時の服装だった。

「あ~……。ここって、実際最後に会ったのは去年なんですけども書いて良いんですかね?恰好の特徴は十中八九変わってないんですけど。」

「うん。参考までにってヤツだから。一昨日って言うなら変わってることも全然考えられるしね」

「じゃあ……」

一度真っ直ぐ立って、自分の頭に手を置いて、その高さを維持したまま視界に持っていく。たしか……173cmの俺より少し高いから……。

身長170後半くらい 瘦せ型

で、まず間違いなく迷彩柄のネックウォーマーを首に巻いている。昔からアイツのジジィが手ぬぐいを巻いてるのと同じようにどこに行くにも装備していた。ホントにどんなときも外さないから正直こっちじゃ少しだけ浮くと思う。が、しょうがないし……まぁ賽ノ助なら問題ないし。ほぼ確実……でいいか。

それ以外は分からん。たぶんGパンとかだとは思うけど書かないでおこう。

「ふ~ん、ネックウォーマーね。ちなみに最後の電話の内容って?」

「……まず賽ノ助から。今着いた、ここが東京駅でいいのかな。迷うなよ。バカにするな。明日は……昨日のことですね。明日は俺の家だけど今日は?宿取ってるから大丈夫。で、終わりです」

身振り手振りを加えて、交互に話しているように示す。しかし今思うと、だから言ったのにとしか言いようがない。

「なるほどね。じゃあその宿ってのは分かる?」

知らなかった。首を振りまた記入に戻る。

今度は俺の名前やら連絡先やら行方不明者との関係やらを書く。


保田 九郎 やすだ くろう


だいぶ千葉ギリギリの一応都内住み。友人。

最後に行方不明者の病歴やクスリとかだが。

「こういうのは絶対にないですね。健康体ですし、クスリどころか酒やタバコだって絶対にやりませんね。まぁそもそも未成年ですけど」

ボールペンを置く。書かせてもらってなんだがぶっちゃけ手ごたえを感じない。たぶん……何も変わらないんじゃないだろうか……。

「…………」

若干ヘラヘラとまで言えるような態度だった刑事さんが書き終わった紙を見つめて、真面目な顔になる。

「九郎くん、結論としては今のところ警察がしっかり探すことは、無いだろう。事件性は見られないし、キミも迷子だろうって言っちゃってるしね。全くもって申し訳が立たなかったりしている」

そうだろうとは思っていたところだ。

「……ただ」

ん?何か引っ掛かることがあるみたいだ。言い回しがいちいち気にかかる人だが仕事には熱心に感じる。……かも?

「ただ、詳しくは伝えられないが最近気になることがあってね。おそらく関係ないだろうが無関係じゃない可能性もないわけじゃないじゃない?」

「なんて?」

「だから、ちょっと個別で連絡先を渡しておくから。もしそっちで解決したらできればすぐ教えて欲しいんだ、その賽ノ助くんと一緒に。あ、もちろん届出を出したんだからそれでなくとも手続きはあるからね。忘れないでね」

いったいどんな状況になっていて気になっているのか、少し考えてみたが警察の仕事なんてザックリとしか知らん。皆目見当もつかなかった。

「僕は潟倉かたくら 辰矢たつや

おっ、これが警察手帳か。

「少年課だよね〜」

「そうみたいですね……?」



 「あ~あ……。どれもこれもあのバカのせいだ……」

大した行動をした訳じゃないけどめちゃめちゃ疲れた気がする。心配するってのはカロリーを食うんだなぁ。いや別に心配してねぇけどな?

いつもならもうとっくのとうにご飯食べて、カエルの給餌とか馬の蹄を整える動画観てる時間なのに。腹減ったなクソ、どうしようかな。せっかく家とは反対方向にある警察署まで来たんだ。どっかでラーメンでも食べてこうかな。チェーン店じゃないとこ。

それにしてもなんか、刑事さんも変な人にあたるし、昨日からの予定も賽ノ助のせいでメチャクチャだし。

……久々に味わったなこの感じ。賽ノ助にはいつも振り回されてたからな。

アイツが田んぼに落ちて抜けなくなったとき引っ張り上げようとしたら、引きずり込まれてあわや肥料になりかけたり。

川で遊んでたらオヤツつってブドウ持ってきやがったせいでアシナガハチの群れに取り囲まれるし……。

……あー!!

ダメだ。流石に賽ノ助のことばっか考えすぎだ。ガキじゃねぇんだもんな。充電がないにしろ何かしらで携帯壊したにしろ死にゃしないんだし後で連絡も来るだろ。後で散々ネチネチ文句言えば焼肉でも出てくるだろうからそれで許してやろうな。許すか?許さねぇだろう。

お、いい感じの町中華あんじゃん。こういうのだよこういうの。

…………やってんのかコレ?

テーブルにいかにも従業員みたいなエプロンのバァさん座ってるけど。……休憩中?

ま、いいか。聞けばいいや。

ガラガラとレールに砂が詰まって重くなっているガラス戸を開ける。

「スンマセーン、今いいですか?」

時間的にはメシ時だし、入ってみれば厨房ではジィさんが沸いた釜を眺めているのが見えた。客いないだけだなコレ。

「あぁあぁ!いいですよー。好きなとこ座ってね」

接客モードに切り替わったバァさんが急いで立ち上がり茶色のコップにうっすい麦茶を注いで持って来てくれる。

「あざます」

こういう雰囲気の店、めっちゃ好きだがこの時間に客が居ない事が気にかかる。

一通りメニューを眺めて自分の腹と相談した結果、やっぱり冒険はしなくてもいいやと思い

「お願いしまーす。」

やることがなくてひたすらに俺を眺めてたバァさんを呼ぶ。

「醬油ラーメンとチャーハン、両方大盛で」

「はぁい、結構食べるんだね」

適当に愛想笑いしてバァさんを見送ってから、昨日練習に参加しなかった分の筋トレくらいは帰ったらやっとこうと思いつつ店内を見まわしたりして待つ。

何かしら厨房内で笑ってるバァさんの声を聞きつつツイッターで「ラーメンを”らぁ麺”って表記する意味、なに?」とツイートした辺りで頼んだヤツが来る。

「お待たせいたしました~」

おっ、ふつ~でいいじゃん。全然これで良いんだわ。

「……………………?」

「両方大盛だなんて言って残しちゃうといけないから、普通のセットにしといたからね♡お兄さん細いし。お金もこの分でいいから」

テメ殺すぞババァ!「……あぁ、いただきまーす」

クソが…………まぁまぁ旨いし!



「……さまでぇーす。」

「はい、ありがとうございました~!」

二度と来るかよ。

ガラガラガラ………。掃除しろバカ。バ~カ!

あぁ最悪だった。さては今日ゴミだな?うんちうんち。やってられっか。とっとと帰るぞ。


俺、なんか悪いことしたかなぁ?

ん、電話だ。……お、電話!?この番号は………。

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