マネキンのモデル
(お題:CHANEL、ロウソク、橋)
その少女はマネキンに憧れていた。
透き通った白い肌に、高身長のすっと伸びた手足。なにより、どんな服でも着ることができる。のっぺらぼうの無表情にみえるが、服を着せてやると、その服に合った表情をみせるのだ。ショーウインドウの向こうに立つ最高のモデルに憧れて、彼女は育った。
口に出した言葉の影響力を、言霊という。声援は勇気を与え、呪いの言葉は人を傷つけ、愚痴を吐くと心が荒ぶ。観葉植物に悪口を唱え続けると、数日で枯れてしまったという実験もある。しかし言霊の効果は言葉だけにとどまらない。鏡を見つめながらなりたい自分を想像すると、理想の自分に近づくことができる。
毎日のように理想のモデルを見つめ憧れ続けた少女は、いつしか理想の自分になることができた。透き通った白い肌に、高身長のすっと伸びた手足。それに凍るような無表情。服を着るための理想体である彼女が、パリのランウェイを歩くチャンスに恵まれたのはいわば必然といえた。
パリの工房の一角で、コーディネータのルウィスは退屈していた。暇を持て余しているわけではなく目の前の光景に飽きていた。
「もういいよ。次」
不機嫌に言い放った彼はコレクションのキャスティング権を握っていた。ココ・シャネルが生み出したCHANELのオートクチュールコレクションといえば格式あるショーのひとつである。サヴォアフェールの結晶を身に纏って夢の橋(ランウェイ)を渡るのは、磨けば光る原石などではなく、最初から輝く宝石であるべきだ。
次に現れたのは東洋人。たしかにスタイルは申し分ない。しかしここは通過点でなく終着点なのだ。ルウィスは「君はもう帰っていいよ」と冷たくあしらった。
「いやです」
モデルの東洋人は氷の表情で答えた。嫌味に動じないどころか生意気にもその場を動こうとしない。ただ立っているだけ。立っているだけなのに、それが妙に様になっていた。その態度がルウィスの癪に障った。
「君に
彼女は答えた。
「走りません。ただ歩くだけです」
ルウィスはため息をつき、「合格だ」と一言だけこぼした。
「――そうして彼女はスーパーモデルの階段をゆっくりと上りだしたそうだよ」
そう締めて、語り部の大林がロウソクをフッと吹き消した。いい語りをしてやったという表情である。
こいつは怪談百物語のルールをわかっていない。深いい話コーナーじゃない。そもそもその階段じゃないし。オチがとんちだし。
————
どうしてこんなオチに着地したんだろう。と読み返して思いました。
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