サプライズの気配

(お題:三十路、誕生日、ハロウィン)


 晩秋の夕風に、コートの中でぶるりと身を震わせた。週末のうちに衣変えをしておいてよかった。日増しに肌寒くなり、人肌の恋しい季節とやらが徐々に近づいてきている。


 この時期になるといろいろと思い出にふけることがある。この世に生を受けたのも、父親の転勤で引っ越したのも、初めて彼氏ができたのも、前の会社から独立したのも秋。人生の転機が訪れるとすれば、それは秋と決まっていた。


 そして、もうじきに足を踏み入れる。たった一年歳をとるだけなのに、まるで時代の変遷を経験するような気持ちになる。

 ただし、二十歳が世紀をまたぐお祝いムードだとすれば、三十路は年号が変わるイメージ。ハタチという呼び方に対してミソジはどこか古臭い感があるせいだ。

 とはいえ、先に三十路を進んでいる友人たちいわく、なってしまえば特になにも思わないし楽なものらしい。むしろ仲間たちがウェルカムボードを掲げてお迎えしてくれそうな雰囲気すらある。そう考えると楽しみになってきた。


 帰り路を歩く。

 月末の中心街はいよいよの喧騒が高まり、仮装した人たちを少しずつ見かけるようになってきた。そもそもハロウィンがどんな宗教行事なのかよく知らないし、行き交う人たちはもはや仮装というよりコスプレパーティみたい、などと考えてしまうのは歳のせいだろうか。

 頭を振って心頭滅却に励んでいると、バッグの中でスマホが着信の振動を伝えてきた。


「大変です、奈々さん! お店がジャックされました!」

「ジャック? ジャック・オー・ランタン?」

「とにかく大変なんです! 早く来てください!」


 従業員の子の緊急連絡に、踵を返して来た道を急いで戻る。ハロウィンの暴徒がうちの会社に押し入ったのだろうか、と考えながら、頭のどこかでは別の野暮な考えがよぎっていた。ハロウィンの翌日、明日は三十路のだった。


 お店の入り口に着くと、中だけカーテンで覆われ暗く閉ざされている。意をけして扉を開けると、従業員の子たちが盛大に待ち構えていた。


「……もしかして、誕生日サプライズ?」

「あ、いえ。明日が誕生日ってことは知っていたんですけど、違います。それはちょっとお祝いしにくいじゃないですか」

「失礼ね」

「奈々さんがこの美容院を開業して1周年ですよ! 忙しくてすっかり忘れていたみたいなので、みんなでお花も隠してサプライズにしちゃいました。さて、今日はとびきりのサービスをします。奈々さん、トリック・オア・トリートメント?」

「じゃあ、トリートメントをお願いしようかな。……ありがとう」




 ————


 トリック・アンド・トリートメントな話。

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