靴紐のような関係

(お題:ギリシャ、歯車、靴紐)


 古代には数多の神々がいれど、この世界で最も人を救った神がいるとすれば、それは機械仕掛けに違いない。


 最初の出逢いは、小学生の頃。休み時間に氷オニでグラウンドを駆けまわって、ふと足元に目をやるとがほどけていた。低学年で靴紐のスニーカーを履いていた子はほとんどいなかったし、それを自分で結べる子は僕くらいなものだろう、とこっそり自慢だった。しゃがみこんで、家で練習したようにゆっくりと結ぶ。おかあさんほどではないが上手にできたと顔だけ上げたとき、視線の先で、同じように靴紐を直していた彼女と目が合った。


 彼女は坂井さかいさんと言い、それまであまり意識したことのなかったクラスメイトだった。当時の僕は、自慢のひとつを奪われたような気がして、坂井さんを敵視したところがあったかもしれない。そのままとくに喋ることもなく、学年が上がったタイミングで転校していったと人づてに知った。


 再び彼女と出逢ったのは中学生。聞けば、家族の都合で地元に帰ってきたという。ここで僕たちは初めて会話をして、お互いに打ち解けた仲になった。たまたま同じクラスで、たまたま隣の席で、たまたま帰り道が一緒。それだけ接点があれば、小学生の頃の勝手な敵視が馬鹿らしくなるくらい坂井さんの人柄に触れられた。それにより、深いことを訊けるような関係にもなっていた。


「いるよ。好きな人」

「……へぇ、そうなんだぁ」


 もし僕の思春期がひねくれた方向に行ってなければ、僕と彼女は友達以上の関係になっていたかもしれない。このときが、素直に告白できた最後のチャンスだったと今になって思う。


 卒業を迎えて、僕は親元を離れたい一心で他県の寮付きの高校へ進学した。高校の寮生活というのは上下関係が厳しく、ちょっとした反抗期で家を出たことを後悔した。地元に戻りたい気持ちが募ると、なぜかいつも彼女を思い出した。坂井さんは地元の女子校に進学したと風のうわさでだけ聞いていた。


 そして大学生になっても、僕は相も変わらず片思いを引きずっていた。遠くどこかで、とっくに関わりのない人生を送っている彼女。思い出す回数は次第に少なくなっていき、卒業する頃にはすでに忘れていたのだった――社会人になるまで。


「もしかして、坂井さん?」


 たぶんそこでようやくカチリとがはまったのだろう。運命に都合のいい機械仕掛けの神様が手を差し伸べた。


 靴紐のように、離れたり近づいたりを繰り返していた僕たちは。


「久しぶり。ようやく会えたねっ」


 最後は結ばれる運命にあったみたいだ。



 ————


 物語を神みたいな力で都合よく収束させる手法を、機械仕掛けの神(デウス•エクス・マキーナ)というらしいです。三題噺ではいつもお世話になってます。

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