第33話『深夜の弁明』

 読書配信に長い沈黙が訪れた。そして配信者が、僕の小説に一閃を放つ。

「飽きた」

 何も返せずにいる僕に、配信者と視聴者の厳しい言葉がスマートフォンの画面から矢のように飛んでくる。全身に言葉が突き刺さり、僕は一瞬でウニのようになってしまった。


 参加したファンアート企画で絵師さんがコンコのファンになり、僕が描いたコンコを元に美麗なイラストを描いてもらえた。これを宣伝に使わせてもらうと、読者が飛躍的に増えていった。

 現地調査で撮影した横浜の風景に、自分で描いた稲荷狐コンコのイラストを重ねてSNSで宣伝をしたのも、功を奏したのかも知れない。


 小説を読みます企画や読書配信に応募して、まずまずの評価を得られていた。PVもブックマークも少しずつ増え、作業をしながら読んでいた配信者も「これ、面白いぞ」と目を見張り、画面に食いつくほどだった。

 ウェブ投稿小説ではニッチな歴史時代ジャンルであったが、その甲斐あってかランキングに載るまでになっていた。


『僕と一緒に行こうよ!』

 僕が生み出したお稲荷様は、僕に手を差し伸べて横浜へ、SNSへ、動画配信サイトへ、小説投稿の仲間たちへと、空より広く海より深い世界に導いてくれた。

 コンコとリュウと手を携えて、文芸の道を歩いていこう。このふたりと一緒なら、僕はどこへでも、どこまでも行ける気がする。


 そうして挑んだ読書配信は、配信者のこの言葉ではじまった。

「これこれ! こういう小説が読みたかったんだよ!」

 しかしあやかし退治を繰り返していた十話目に、僕が書いた小説は配信者にも視聴者にも飽きられてしまった。


「三十分読んでも、何も起きないじゃん!?」

 あやかし退治を通してリュウの世界が広がって、コンコとリュウの距離が近づいてきたが、それで何も起きていないというのか?


[ラスボス欲しいね]

 当初の予定だったラスボスのあと、第二部直前の三十五話目から新たな強敵が登場して、それが本当のラスボスで……。


[ずっとこんな調子だね]

 だから、あやかし退治を繰り返すうち、少しずつだがコンコとリュウが変わっていって……。


「三話目までにラスボスを出さないとダメ!」

 猛烈な批評にひとつも返せていなかったが、とうとう返す言葉はなくなった。


 配信が終わった、二十二時。目次を開いて、思いつくまま書いていたのだと顧みた。ただ、あやかしを退治しているだけでは駄目だ。ひとつひとつだけではなく、物語全体のストーリーを意識しなかったから飽きられた。

 このままでは終われない。僕を育んだ横浜を舞台にした、家族のように大切なコンコとリュウの物語を、このままにしてはいけないんだ。


 単調という配信者や視聴者の評価は、悔しいが的を得ている。清水義範先生の短編『深夜の弁明』の新人作家が書いた小説のように、起伏がない。読者が求めているのは、新人作家が投げ出した原稿用紙に綴った編集者宛ての手紙パート、ドラマなんだ。


 思いつく限りの物語を綴り、一旦完結させてから組み直し、一本のストーリーとして書き直す。全体に関わらない単発物語を削除して、ラスボスを早めに登場させて、物語の順序を入れ替える。

 大掛かりな改稿だ。今あるものを書き直すのではなく、新たにファイルを作って書く。コピーして、拙い文章を修正しつつ脈絡をつけ直す。タイトルは副題の『帳』を『帖』に変えて区別する。


 これが大変な作業だった。解体した物語をひとつひとつのパーツに変えて、脈絡をボルトにして強固につないで、ひとつの大きなストーリーとして組み上げていく。どうにもつなげることが出来ず、泣く泣く切り捨てた話もあった。

 その痛みを乗り越えた結果、僕の小説は小目標の繰り返しから、柱となる大目標が透けて見える物語へと生まれ変わった。


 まったく同じではないが、切った貼ったした物語をまた投稿しているから、以前ほどのPVは稼げなかった。

 それでもコンコとリュウのストーリーを、ひとりでも多くの読者に最後まで楽しんで欲しかった。


 物語のピースを削って継いで、答えのないパズルを組み終えた頃、SNSで新たな企画が催された。

 書籍化作家が開催する、ウェブ小説大賞だった。冒頭一万字程度が審査対象、賞品は朗読動画。声優やイラストレーター、SEや編集を募って賞品動画を製作する。


 これは、今まで見た中で一番大きな企画だ……。どれだけの応募があるかわからないが、公募に匹敵するかも知れない。

 本命の『列車食堂』は文筆舎の公募に出すから、僕は迷うことなく『稲荷狐となまくら侍 ─明治あやかし捕物─』をこの企画に応募した。


『稲荷狐となまくら侍』の受賞は叶わなかった。

 叶わなかったが、企画を立てた作家さんが応募作の感想動画を配信し、その一番はじめに『稲荷狐となまくら侍 ─明治あやかし捕物帖─』を紹介していた。

 わずか一分にも満たなかったが、僕にとって得るものが大きい動画だった。


「特筆すべきは描写力。これが、かなりレベルが高いです」


 半年間に及んだ自分自身との戦いの末、僕ははじめて自分自身の強みを知った。

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