第29話『みんな家族』

 僕の転職祝いの名目で、車掌の師匠が「同門会を開こう」と号令を出した。鉄道は年中無休、全員の休みなど揃わないから、誰かが休暇を取らなければ開けない。また、会話からリークにつながることもあるからと、幹事を務めた弟子たちは日程の調整や店選びに苦労していた。


 なるべく休暇を取る人が少ない日に、個室のある居酒屋で同門会は開催された。

 師匠は小柄で、人柄もよく人気があった。最後の乗務では夜遅くなのに多くの人に見送られ、今は駅で務めている。

 兄弟子は運転士を務めている。僕と趣味や傾向は異なるが小説や漫画が好きで、休憩時間に顔を合わせればマニアックな話に興じていた。


 僕の一番弟子は、運転士試験を受けず車掌を続けている。僕よりずっと背が高いギタリスト、最近は動画配信サイトでオリジナル曲やカバーなど、歌唱と演奏を披露している。

 二番弟子は、小柄で普段は物静かだが口を開けばシニカルなことを言い放ち、一番弟子にツッコまれている。案外やんちゃな奴だが、愛されキャラだ。ちなみに運転士をやっている。

 三番目が、車掌時代の最後の弟子。彼も運転士を務めているが、心配になるくらい気を遣う。二番目のおもちゃになっているが、きっちりやり返すから笑って見ていられるのが救いだ。


 弟子は弟であり子でもある、師弟会は家族同様。僕の師弟会はこの規模だが、大きいところでは家系図がある。ただし清水義範先生の『みんな家族』の巻末にある先細りの家系図とは違い、師弟の家系図は末広がりの場合が多い。乗務員の、特に養成期間が短い車掌において一子相伝は珍しいのだ。


 師弟が集えば、僕の本が話題に上がる。師弟会の全員に送ったのだから、当然といえば当然だ。口火を切ったのは、師匠だった。

「実徳が本を出すなんて、凄いなぁ」

 そう手放しに褒められて、僕は丸まって萎縮してしまった。やはり褒められるのは慣れていない。


 すると師匠は、参った顔をしてみせた。

「帯が俺の台詞じゃないんだもんなぁ。班長が師匠みたいじゃねぇか」

 ああ、やっぱりそれが引っ掛かったか。僕は益々萎縮して、編集が選んだのでと言い訳をして、申し訳なさに言葉を継げなくなっていた。


 これに続くのは、兄弟子だ。眉をひそめて、小説好きとして物申す雰囲気が滲み出ている。

「お前、もっと明るい話にしろよ。俺なんか使っていいからさ、あんな馬鹿な先輩もいたなぁって」

 これには、僕は反論せざるを得なかった。師匠と違い、そういう仲ではあるのだが。


「病気を扱っているから、嘘をつきたくなかったんです。変に希望を与えたら、うつ病の重さが伝わらないので」

「わかった。でも、暗すぎる。今どき、それじゃあ売れないぞ?」

「売れないのは……編集も言っていましたが……」


 僕はまた、二の句を継げなくなっていた。兄弟子の言うとおりだ、うつの闘病記と鉄道が流行りではあるが、ずっと暗く重苦しくてエンディングの希望は、ほんのわずかだ。

 そのエンディングを飾った一番弟子が、鼻高々に弟弟子を煽り立てた。

「俺は出てるもんねぇ」

「そりゃあ、ふたりはまだ駅か学生だったし、ね」


 これで話題は僕の本から、乗務員の話に移った。誰が次の指導者になるとか、面倒を見ていた奴らがまだ面倒だとか、そんなような話が続いた。

 会社を離れた僕だけが、外野席から高みの見物。相槌や簡単なアドバイスしか返せなくて、車掌時代が遠のいていくのを肌で感じた。


 宴たけなわのラストオーダーを済ませると、師匠が観念した様子でぽつりと放った。

「もう、いいだろう。同門会は」

 僕たち弟子、孫弟子は息を呑んだ。ただ、集まるのが難しくなってきているのも、事実。師匠の思いを汲もうとしたが、僕たちは迷いの中にあった。


「そんな、やりましょうよ」

 兄弟子がそう言って、僕たち師弟会もそのあとに続いた。が、弟子たちの苦労を鑑みた師匠の決意は揺るがなかった。

「合わせて休みを取るのも大変だろう? 今、欠員は何人だ?」

「実徳が乗ります」

「今乗ったら、ドアで挟みまくりますよ!?」

「そうしたら師匠が来れないじゃないですか」


 冗談を置き去りにして店をあとにし、冬の寒さに抱きしめたのは寂しさだった。駅に着くまで、師匠は「凄いな、実徳、凄いな」と、繰り返していた。

 そこへ兄弟子が、思い立ったように問いかける。

「あれで書くのは終わりなの?」

「いえ、今は小説投稿サイトで書いています。全然読まれてないですが……」

 おおっ頑張れよ、先生! とハッパをかけられ、僕はどんな顔をすればいいのか困ってしまった。


 共同出版の課金作家に「先生なんて、やめてください」そう返すと、兄弟子は自信を持てよとムッとした。

「何言ってんだよ、小説家の先生だろう?」

「山川直人さんが、先生と呼ばれるのを拒んでいるので……」

「お前……山川直人と清水義範のどっちを目指しているんだよ?」

「漫画は山川さん、小説は清水先生です」


 兄弟子は、やれやれといった顔で引き下がった。

 僕はまだ、かつて描いた漫画をベースにした小説で、漫画と小説との乖離に苦しんでいた。

 文章でしか描けないものって何なんだ。数多ある表現の中から僕はどうして小説を選んだのか、と。

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