第28話『キャプテン』
渾身の小説『列車食堂』は、ダメだった。
何がダメだったのかをパソコンを開いて分析したが、火を見るよりも明らかだった。
レギュレーションのための字数稼ぎが、あまりに酷い。冒頭は、一ページ半も濃尾平野の水田を描いている。ネタに困って書いた話は、当時の私鉄事情を書いただけ。
僕は、何の話を書いたんだ。タイトルどおり列車食堂、食堂車の話を書いたんじゃないのか。説明が必要な列車の中の、厨房の奥に主人公がいるから、冒頭から登場しないのは仕方がない。仕方ないが、これでは下読みで切られてしまうのは当然だ。
ならば、僕はどうすればいい。
冒頭だ、冒頭を練習するんだ。自著宣伝で作ったSNSアカウントは文筆舎や、文筆舎から商業出版している作家、ウェブ作家にフォローされている。
小説投稿サイトがあるじゃないか、そこを練習の場にすればいい。冒頭を稼ぐために短編を、あるいはオムニバスを書いて書いて、目を引きつける冒頭を獲得するんだ。
一番有名なサイトは、異世界ものが主流らしい。一般文芸が受け入れられて、それなりに読者が多いのは出版社系だと思われる。
スマートフォンで書ける、つまり執筆環境を選ばない、会社の休憩中にだって書ける。こんなにいいツールがあったとは、早く気がつくべきだった。
書くものはある。前の会社の駅員の頃、高校時代に所属した鉄道研究部をネタにして漫画を描いて、ホームページにアップしていた。車掌になって時間が取れなくなってしまい、五話まで描いてエタってしまった。
奮闘する三年生部長、彼に恋しただけで入部した新入生女子、四月からはじまり一ヶ月を一話とし、二年目には新部長の下で幅広くディープな鉄道趣味の世界へ、そして三年目には女子部長の誕生、と。
ちばあきお先生『キャプテン』の文化部版だ。
これとは別に、短編も書こう。とにかく引き込む冒頭だ、解説を本文中に違和感なく埋め込む技術も会得したい。
これで鍛えた文章力で、再び公募に挑戦だ。幸い文筆舎のコンテストを控えている、日本の鉄道開業百五十周年に乗り遅れるな。それではさっそく……
はじめにタイトルから決めないといけないの!? 書きながらタイトルを決める手法が通用しない。仮タイトルを決めようにも、それに内容が引っ張られそうだ。
まぁ、これは漫画のタイトルを転用するからいいとして、キャッチコピー……コピーライターの能力まで求められるのか。
次は、ジャンル。二十年くらい前が舞台だから、現代ドラマにはならないだろう。そうなると、ヒロインが恋しているから恋愛か?
あらすじはあとから書けるから、公開するまでに書けばいい。
それで、タグか。よく検索されているタグの中に該当するのは……ない。練習だと割り切って、思いつくものを羅列しよう。
……小説にはビジュアルがないから、鉄道を描くのは不向きだ。冒頭の大垣行き夜行列車、167系電車がどうのこうのと書いたところで、鉄道に興味がない読者には何ひとつ伝わらない。
文章だけで車内の景色や雰囲気を描いて、読者に「ああ、あれね」と思わせなければ、没入などさせられない。
それよりも、描くべきは主人公の部長だ。座席を確保出来ず、デッキで膝を抱えて早春深夜の寒さに震えている。現在の部員は自分を含めてたった二名、新入部員を獲得しなければ、部活の存続が危うい。眠れない夜に案じているのは、部活の行く末。
その不安を書くんだよ!
入学式に場面が変わり、何という部活かわからなかったが、文化祭で一目惚れした部長を探しているヒロイン。
って、これ都合が良すぎないか? 鉄道研究部の部長だった、これを漫画ではギャグにしたが、小説だとちっとも面白くない。ただ単純に落胆しているだけになる。
だいたい、どうして好きになったんだ? 顔か、性格か、それとも運命を感じたのか? それをどう文章に落とし込み、読者を納得させればいいのか。
みんな鉄道マニアでジャンルがあって、それぞれ濃い部員なのに、文章にするとどうして浅い。漫画がベースだから、ビジュアルやアクションに頼っているからか?
小説のドラマ化やコミカライズは散見されるが、ノベライズが稀なのは描き方が違い過ぎるからだ。
子供の頃、アクション映画の小説版を読んだ際、ちっとも頭に入らなくて画が思い浮かばなかった。ビジュアルを読者に委ねるとは、読者をビジュアルに導かなければならないんだ。
これは、大変なものに手を出してしまった。自分で描いたシナリオなのに、まるで違った物語として書いている。
小説の、文章の面白さとは、漫画や映画、ドラマやアニメ、絵画や音楽とは違うんだ。敬愛する清水義範先生は、日本語の面白さを追求している。山川直人さんの漫画は、文章にすると味わいが変わってしまうだろう。
文化部版『キャプテン』じゃない、これは文化部版で小説版の『キャプテン』だ。
愕然とした僕は、スマートフォンの左端に浮かぶ時計を目にして、慌てて小説を保存した。
「ヤバい、休憩が終わる」
スマートフォンを喫煙所に置き、制帽を被り改札窓口へと走っていった。
いつしか僕の休憩時間は、執筆に費やされるようになっていた。
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