第13話『あたしンち』

 僕の父は、けらえいこ先生『あたしンち』のお父さんに似ている。ただし、親族一番の下戸で煙草も飲まず「へっへっへっ」と、はにかんで笑う。似ているのは見た目と、実直なサラリーマンで家にいればテレビばかり見ているところ。


 早くに父を亡くしたから、定時制高校に通いつつ町工場を相手にした小さな商社で働いて、会社の清算まで勤め上げた。

 しかしその実績を評価され、六十九歳で退職したそばから石油関係の会社に迎えられた。父はパートのつもりだったが、是非にと請われて正社員として入社した。


 以上を、父の口から聞いていない。母方の祖父もだが、自身のことをまったく話さない家柄らしい。ひとり暮らしをしている僕は

「あれ? 言っていなかったっけ?」

と言われる始末。これも実家に滅多に寄らず、関心を見せていない報いだろう。


 寡黙ながら、父にはとぼけたところがあった。

 四十九日法要で、僕の家の菩提寺を訪れた義父は見るからに驚いていた。信州から出て来て、早くに祖父を亡くした祖母は墓が遠くて困ったのだろう。そこで縁あって得た菩提寺が、鎌倉時代から続いている古刹なのだ。


 圧倒された義父が

「凄いお寺ですね」

と言うと、父は謙遜し

「いやいや、鎌倉時代?」

と言ったので、僕は面食らってしまい

「そ、そうだね。八百年くらい?」

などという、わけのわからない会話をした。

 信州長野、善光寺門前にある曾祖父以前が眠る寺は、もっと古いのだろうから仕方ない、のか?


 母は『あたしンち』のお母さんには似ていない。祖父が洋食コックをしていたせいか、それとも飄々とした祖父の反動か、実の息子の僕でさえも育ちがいいな、と思わせる。手前味噌になってしまうが、祖父から教わっていないのに料理上手で、妻は僕の実家に行くのを楽しみにしていた。

 もっと実家に帰っていれば、と悔やまれる。


 若い頃は大手企業に勤めていて、コンピュータも使っていたと自慢していた。しかしスマートフォンに四苦八苦して、合うたびに妻を先生代わりにしていた。

 立ち居振る舞いは、茶道をたしなんでいるからだろうか。茶道の先生の資格があり、実家のリビングには看板が飾られている。が、家には茶室がないので、本当に飾りになっている。

 妻に言わせれば、桔梗のような人だそうだ。


 しかし案外シニカルで、幼少からそれを見てきた僕は受け継いでおり、口を開けば周りに咎められることも多々あった。

 何を書いていたのかは知らないが、いっとき執筆に取り組んでいたことがある。それがもし、コックだった祖父の話であったなら、意図せずに僕が受け継いでいることになる。

 僕は、母に似たようだ。


 義父は……かっこいい大人を体現した人である。結婚式では、うちの伯母たちが

「お父さん、かっこいいのね!」

と、少女のように瞳を輝かせていたほどに。

 劣等感の塊のような僕はイケメンに弱く、義父と顔を合わせた瞬間、凍りついて結婚の申し出がなかなか出来なくなってしまった。

 これも妻に叱られて、長年に渡ってなじられた。


 大手企業のエンジニアで、町工場相手に商売している父には親近感を覚えたようだ。お酒に強く、妻に聞こえるように

「今度、ふたりでいいところへ行こう」

と、僕に耳打ちをしてくれていたが、それは未だに果たせずにいる。


 お酒に強いところは、妻も受け継いでいた。結婚するまで在籍していた病院では、ザルを通り越してワクと呼ばれて、当院一の一升瓶が似合う女の称号も得ていたそうだ。

 しかし、うつを患っていれば、お酒は禁忌。幸いだったのは、妻は「飲める」というだけで自ら飲みたがるたちではなかったことだろうか。


 僕からすれば欠点など見つからないが、子連れの女性と結婚したことで親族から総スカンを喰らい、トラブルのため離婚したすぐあとに、別れた妻が病に侵され亡くなると、家庭では苦労が絶えなかったと妻から聞いた。

 妻自身も、迷惑をかけたと時々呟いていた。

 その間におばあちゃんが立つことで、わだかまりを義父は解き、改めて妻を娘として迎え入れた。


 家族は、血縁に縛られなくていいんだよな。そもそも、夫婦は血がつながっていないんだし。


 そんな親三人と並んで座って、新盆にいぼんの法要に参列していた。今の本堂が建立したのは江戸末期、エアコンが効かないので軽装で構わないと聞いていた。

 鉄筋コンクリートともツーバイフォーとも違った暑さに、新盆を迎えた参列者の誰しもが普段と違う汗を流した。


 暑さに耐える三人を、チラリと横目に覗った。

 母は時々話してくれるが、父も義父も自身の話を胸の内に仕舞って奥底に沈めている。父の話は母や親戚、義父の話は妻から聞いた。

 自分の話を本にして不特定多数に広めようとしている僕とは、真逆だ。


 僕と妻の物語を世間に晒して何が変わって、何が変わらないままなのだろう。

 物語の中で、この世を去った妻を永遠に生かす。そんな綺麗事は、本物の願いなんだろうか。僕は、妻を売り物にしているだけではないのだろうか。


 しかし、歯車は回ってしまった。校了した原稿を出版社に返送し、訂正された表紙に許可を出した。

 悶々と巡る僕の思考を本堂に漂うお経が溶かしても、僕は迷いの輪廻にあった。

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