マナとリナ
寄鍋一人
マナとリナ
幼いころからあまり社交的じゃなかった私は、活発で笑顔が眩しいマナをいつも追いかけていた。
隣の家のマナとは遊ぶに行くときもいたずらをして怒られるのも、何をするときもいつも二人。おばあちゃんになるまでずっと一緒にいようね、なんて可愛らしい約束も交わしたりしていた。今思うと、そんな約束をいつまでも守る律義な人はそういないだろうと思う。
中学校に上がってから、周りの人が友だちや家族に向ける好きとは違う「好き」を抱くようになっていた。〇〇くんがカッコいいとか〇〇ちゃんがかわいいとか、それぞれが異性の話で盛り上がる。
天真爛漫で親しみやすいマナは自然とクラスの人気者になり、両手で数えるくらいには男性票を得ていた。
そんな中私は男の子に対する「好き」を抱くことができず、消極的な性格も相まって話にも混ざれずにクラスでは孤立した。それでも昔から変わらないテンションで接してくれたのはマナだった。
でも、いつかマナにも好きな人ができるのかな。本当は恋愛したいのに、私が邪魔になってないかな。そんな暗く淀んだ気持ちが湧き、思わずそれを吐き出してしまった。
「マナはさ、いないの? 好きな人」
「え……ええーっ、どうしたの急に!」
一瞬の間と震える声。ずっとマナと一緒にいた私には分かる。
ああ、そうか、マナにはもう「好き」な人がいるんだ。
何だろう、胸が痛い。心臓の病気にでもなったのかな。苦しさを紛らわせるように、ぐちゃぐちゃな感情が流れ出ていく。叫ぶような柄でもないため淡々と言葉にする。
「どうして、そういうこと、言うの」
言い終わると、マナが泣いていた。泣かせようと思って言ったんじゃないのに、どうして。
その日初めて喧嘩をして、そこからマナとは話さなくなってしまった。
大学生になりコンビニでアルバイトをしていたある日、見覚えのある顔がレジに並んでいた。
いや、忘れるわけがない。ずっと一緒にいるだろうと思っていたのに、仲直りもしないまま疎遠になって後悔だけが残っていた。
「マナ……?」
思わず声をかけると向こうも気づいたようで、「……リナ?」と私の名前をつぶやく。
その直後。
「これも買っていい?」
「え、あ、うん」
見知らぬ男がマナに近づき、持ってきた商品をマナのかごに入れた。
この人がマナの何なのかは、いまだ「好き」な人がいない私でもすぐに分かった。会話を弾ませる気力もなくなりお釣りを渡して終わってしまったことに、アルバイトが終わってから後悔した。
だがその後悔は、一件のメッセージで挽回のチャンスを得る。
『終わったら話せる? コンビニの近くの公園にいる』
前回が中学のころだから、実に五年以上ぶりの連絡だ。逸る気持ちで制服のボタンに苦戦しながら私服に着替え、これまた数年ぶりの猛ダッシュ。
「マナ……っ」
「リナ、久しぶり。元気だった?」
さすがに多少は大人しくなっているが、あの笑顔は健在のようだ。ポツリポツリと、街灯の下で言葉を交わす。
「どうして笑ってるの。酷いことをただ自分勝手にぶつけたのに」
「あはは、あのときはたしかにビックリしたよ」
「今さら許してもらえるとは思ってないけど、ごめん」
「今でもちゃんと覚えてるよ」
「あんな醜い感情なんて覚えてなくていいよ。忘れてほしい」
「言われたあとで思ったんだ。リナも私と同じ気持ちだったんだって。だから嬉しかったし、絶対忘れないよ」
「同じ気持ち……?」
「私もね、リナのことがずっと好きだったの。もちろん、恋愛的な意味でね」
マナも私のことが「好き」。じゃあ、私もマナのことが……?
そこまで来てようやく、思春期から霧がかっていたマナへの感情が、スッと晴れた気がした。そっか、私はもうとっくの前に「好き」な人ができていたんだ。
「え、でも、さっきの男の人って」
「うん、彼氏だよ」
ならどうして告白なんか。
「他の人と同じように男の人を好きになれるかなって思って告白されたから付き合ってみたけど、なんか違うなってなってね。さっき久しぶりにリナを見たときに、私はやっぱりリナが好きなんだなあって思ったの」
それにさ、とマナは言い加える。
「おばあちゃんになるまでずっと一緒にいようねって、約束したから」
律義に、一言一句違わずに覚えてくれていた。子どものころの約束なんてと諦めていた私にとって、この上なく心が満たされることだった。
「私も、マナと話さなくなって連絡を取らなくなってから、穴が開いたみたいで、忘れられなくてずっとマナのことを考えてた……。私もマナが好き……」
「……リナ」
呼ばれ、お互い足元を見ていた視線が重なり。
「私と付き合ってください」
「……はいっ……」
私の、遅咲きの青春が始まった。
「あはは、リナ、顔が涙でぐちゃぐちゃだよー。可愛い顔が台無し!」
「だってぇー……!」
マナとリナ 寄鍋一人 @nabeu
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