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 恵吾が目を覚ますと、ベッドの上に寝ていた。

「メガサメマシタカ」

 無機質な声が個室に響く。

「マロンか。ここは?」

「ミナサンガキョテンニシテイタチカシセツデス。マリアサマヲヨンデマイリマス」

「おおきに……」

 マロンが部屋から出て行く前にドタバタと足音が聞こえ、慌ただしく扉が開いた。

「大丈夫ですか!? モニター装置から目が覚めた反応があったので飛んできました」

「真理愛ちゃん。全身だるいけど大丈夫。おおきにな。あの後はどうなったん?」

 ベッドのリクライニング機能を使い、恵吾は半身を起こす。

「それは僕から説明しよう」

「祥ちゃん」

 サスペンダーに吊られた、白い派手なスラックスに黒いYシャツ姿だ。いつもの上着とベストは脱いでいる。真理愛は計器と睨めっこし、恵吾のバイタルサインを確認している。

「恵吾くんが意識を失った後、斉藤の洗脳が解け、創愛グループの部隊は警戒を解いてくれた。どうやらマスターが創愛グループに経緯を説明していたらしい。僕たちは機密エリアにいたわけだから、即射殺されてもおかしくない状況だったけど、ご丁寧にここまで送ってくださったよ」

 祥貴は肩をすくめる。

「警察は?」

「この件に関してはだんまりだね。創愛グループの傘下で人体実験が行われていた。しかも死人が出ている。民間企業の不祥事にすら手が出せないなんて情けない組織だよ。よって、この件は最初から無かったことになる。取り調べも面倒なこともなし。マスターの殺人行為も何の問題もない。よかったね」

 明るい口調とは裏腹に祥貴の顔は陰りが見えた。

「俺らはみんな生きてたし結果オーライやん」

 恵吾の調子はいつもと変わらない。

「まあね……。そうそう、マスターから言伝を預かっているんだ」

「マスターから?」

 祥貴は持ってきた資料に目を通しながら。

「うん。斉藤誠司に関してなんだけど、出自がよく分からないらしいんだ。どうしてだか、創愛グループにいて、研究主任にまで登りつめてる。戸籍上、天涯孤独の身だってことはわかる。しかし、両親の記録が残っていない」

「は? 独り身?」

「そこに引っかかるのかい? その辺りは山田君がマスターに依頼されて探っていたことから裏付けが取れているよ? 斉藤誠司に家族はいない。結婚もしていないし、斉藤の自宅近辺で聞き込みもしたらしい。ほとんど家に帰ることもなかったようだが、斉藤以外の人の出入りも無かったそうだ」

「え? あいつ、妻と子どもを生き返らせたいとか言ってたで?」

「そんなことを言ってたのかい? 結婚もしていないし、内縁の妻だって子どもだっていないはずだ。同じ研究部門にも該当するのは……いないな」

 祥貴は記憶を辿り、調査していた斉藤の研究部門に所属しているメンバーの情報を思い出す。ほとんどが男性か、いたとしても高齢の女性が数人。可能性のある人物はやはりいない。

「どうなってんねん……他には?」

「魔魅子ちゃんのことには深入りするなって言ってたよ」

「どういうことや?」

「さあ? 止めても無駄だろうが、斉藤誠司に手こずってるようじゃあダメだってさ」

「ふんっ、マスターおらんでもどないかなったわ!」

 恵吾は悔しそうに鼻を鳴らす。

「大体、直接言いに来いや!」

「次で最後なんだけど、しばらく店を空けるって」

「しばらく店空ける!? 今までそんなことなかったのに? しばらくってどんぐらい?」

「さあ? 早ければ一週間。長くて一月ってとこだとか荷造りしながら言ってたよ。理由ははぐらかされたから僕にもわからない」

「そうか……おおきに」

「しかし、マスターは何をどこまでわかっているんだか」

「さあな、あのじじいのことは正直わからんことの方が多い。裏社会にも政界にも警察上層部にもツテがあるんやろうな。大体、斉藤誠司の情報を伝えてくんのも薄気味悪いわ。妻と子どもを生き返らせたいって聞いたん俺だけのはずやろ?」

「まあ、僕たちは知らなかったね」

「やろ? わざわざ俺に伝えるってことは、マスターは知ってたってことや」

 恵吾は近くに置いてあった電子タバコを起動させ、煙をふかす。真理愛は呆れた目線を送るが、何も言わない。

「なあ祥ちゃん? 最後まで付き合ってくれへんか?」

「何にだい?」

「この事件のこと。創愛グループのこと。近頃起きてるオカルト絡みの事件。全部や」

「全部ねえ……」

 祥貴も電子煙管を起動させ目を閉じながら煙を吐く。

「俺はPMC(民間警備会社)を設立するわ。表向きは警備会社やけど、いつかこの街の全てを暴く。このままやと気に食わん。やから力を貸して欲しい」

「ふむ……本気かい?」

 祥貴は鋭い目で恵吾を見る。

「本気やで、冗談に見える?」

「はあ、君のにやけ顔を見てるとね……まあ良いだろう。僕も今の警察には嫌気がさしていてね。さっき辞表を出してきたんだ」

「辞表?」

「辞めさせてもらいますって意思表示の紙さ」

「辞表の意味はわかってんねん! ほんまに辞めるんか?」

「もう決めたことだ。上層部のやり方は僕には合わない。僕なりに頑張ってきたし、昇進して変えようと思ったけど時間がかかるだろうしね。何、種は蒔いてきた。有望な者たちが僕の意思を継いでくれるさ」

「思い切ったな……じゃあ一緒にやってくれるんやな?」

「勿論」

「真理愛ちゃんは?」

「診療所を続けさせてもらえるなら……」

「じゃあ決まりや! 後は……誰に声かけよかな」

「ちょっと待った!」

 綱吉が部屋に入ってくる。

「話は聞かせてもらった。何故最初に俺に声を掛けねえんだ! いつも面倒なことを持ち込んでくるくせによ」

「おお、ツナもおったんか。盗み聞きしてたんか」

「盗み聞きじゃねえ。折角様子見に来てやったのに……俺も乗るぜその話」

「えー、どうしよっかなあ……仲間はずれにしたら拗ねるし、入れてあげるか」

「俺はガキじゃあねえぞ! 兎に角、俺も噛ませろ」

「はいはい、後は誰が良いかなあ……」

「僕からは拓君と、有奇君を推すよ」

「えー、カミサマは分かるけど、山田くん入れんのお?」

「きっと役に立つよ」

「俺も反対だ!」

 そうこう言いながら、今後の方針を決め、無事に山田拓、邑神有奇とも契約を結んだ。拓は「面白そうですねえ」と快諾。有奇は「名前を貸すだけだ」と言いながらサインをしてくれた。

 後日、会社の設立パーティーをユートピアで行った。

「では! 会社名を発表します!」

 拓は「よっ! 社長!」と囃し立てる。

「『Occult Ludic Company』です! 遊び心を忘れずに、オカルトに立ち向かっていきましょう!」

 恵吾が画仙紙を広げると、祥貴の書いた達筆な字で、社名が披露される。拍手が鳴り、各々が別々の思惑を抱きながら、会社が設立した。

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