9/21更新

 恵吾はナノマシンの出力を最大にし、身体強化で落下に備える。着地の衝撃を予想より早く迎える。「ドボォン!」と大きな音がした。不幸中の幸いか、地下水脈に落下したようだ。岸へと上がり大の字になり、荒く息をする。辺りを見回すと、照明の灯りの元には工具や重機が置かれ、運搬用のトロッコが見える。マジカライトの採掘が行われている採掘場のようだ。

「死ぬかと思った……」

 地上との距離は二十メートル程。ガレキに巻き込まれず、落下によるケガがなかったのは本当に運が良かった。

「デバイスのエネルギー、結構使ってもうたな」

 戦闘と落下時の消耗でデバイスのエネルギーはあまり残っていない。物音がした。落ちてきた床やコンテナの先に動く影が見える。

「虫?」

 羽音は虫そのものだ。いや、虫にしては大きすぎる。人間大の羽虫。壁面の岩を崩し、品定めし、また岩壁を調べ、崩す。何かを見つけたかと思うと、近くのトロッコの荷台に積む。

「なんやあれ……」

「驚いたかね?」

 振り向くと恵吾の後ろに錫杖を持った斉藤が立つ。頭から血を流した魔魅子が抱えられている。

「お前が毎回後ろに立ってんのが一番びっくりやわ」

 恵吾は銃を抜き斉藤目掛け射撃。斉藤は錫杖を振る。弾丸が弾かれ、恵吾に金の光を帯びたナノマシンがほとばしる。恵吾は衝撃で尻餅をつく。

「人質がいるのに容赦ないな」

「お前……」

「運も良いようだ。神園魔魅子は落下の衝撃で気を失っているぞ。安心しろ頭の傷はそんなに深いものじゃない」

「魔魅子ちゃんに手ぇ出だすなよ?」

「それは君の態度次第だ」

「殺す」

「非殺傷弾でか?」

 恵吾の放った弾丸は全て殺傷能力の低い弾丸だった。

「……」

 暫く沈黙の間が訪れる。虫のような生物の動く音だけが聞こえる。こちらには一切興味を示さないらしい。

「まあいい。この娘が目を覚ますまで、お喋りの続きといこうか。そうだな……この鉱石は見ての通りそいつらによって採掘が行われている」

 斉藤は魔魅子を人質にしたままこちらに語りかける。恵吾は体力を回復させる為、大人しく話を聞くことにした。

「創愛グループという企業がここまで成長したのはああいうやつらの存在が大きい。オカルトな存在だ。科学とは遠いようで近い存在だ」

 斉藤は優位であると判断しているのか、余裕を持った喋りをしている。恵吾にはどこか芝居がかって聞こえてくる。

「元々医療技術で栄えた企業だが、ある時期から目まぐるしく技術力が上がった。あらゆる分野の研究員を各地から呼び寄せ、競わせるように技術開発をし、その技術を独占した。それらを元にナノマシンを医療技術へと転化させ、更なる発展を遂げた企業。それが世間一般の評価だが、実際には少し違う」

 恵吾は話を聞きながら、厄介な錫杖をどうにかする方法を考えていた。

「研究員を集める直前に、グループのトップである創愛司沙はとある書物を入手した。その書物をヒントに様々な技術を開発させたのだ。マジカライトもその書物の恩恵の一つだ。電気エネルギーなどを効率良く蓄え、他の力に変換させる。魔法のような鉱石はあらゆる分野で役立てられた」

 今やマジカライトが家電製品から軍事兵器に至るまで様々な組み込まれているのは小学生でも知っている。

「そこの鉱石をひたすら集めているものもその書物に書かれているらしい。そして、表立って報道されてはいないが、オカルトな現象による事件が起こり始めたのも、その書物が発見された時期と重なる」

 恵吾は祥貴が何件か対応しているという話をしていたことを思い出していた。そして、自らが見た病院の怪物も。

「創愛司沙は技術の独占だけでなく書物の知識も独占している。これが創愛グループが医療グループから大きな財閥グループへと急成長した真相だ。そして……この娘がその書物を最初に発見したらしい。何故かこの娘にその記憶は無いようだがな」

 魔魅子はまだ目を覚まさない。一時期より過去の記憶がない魔魅子を恵吾は心配そうに見つめている。

「君たちが拠点にしている病院跡地についてだが、君たちが調べた通り、地下部分は私に与えられていた研究施設だ。スパイの侵入により雑な隠蔽工作をして施設を手放さざるを得なかったがね」

 恵吾の頭には山田拓がよぎる。そういえば、警備室を後にしてから見ていない。

「あの研究所では、地下にいたものを使って死体を蘇らせる研究をしていた。しかし、肉体は動くが、まともな意識を持たない動く屍しか出来なかったがね。B級映画のようにひどい」

 死者への冒涜に恵吾は怒りを覚えた。斉藤誠司を許すことのできない理由の一つだ。

「交通事故で死んだ妻と娘がいてね。なによくある話さ。交通事故に遭うのは、宝くじを当てるより容易い。二人を生き返らせたい一心で研究に励んだのだが、残念ながら成功には至っていない」

 斉藤の表情は心なしか悲哀の表情に見えた。

「夢でいいから会いたいと思った私は夢の研究にも手を出した。街の反社会組織が蔓延させているナノドラッグには私が開発した薬の副産物が混じっている」

 ここ最近ニュースの報道で問題となっている話題だ。

「裏社会との繋がりができたのも、それを売って研究資金に充てていたからだ。そして、特別なマジカライトの情報を得た。柊木会が手に入れて……」

 斉藤は右手の錫杖の先に嵌っている大きな鉱石を見つめる。

「私が持ち主となった。金は強奪されてしまったが、マジカライトを手に入れることはできた。これさえあれば悲願が叶う」

「悪いけど、それは無理やな」

 恵吾はデバイスを起動させる。残り少ないエネルギーで決着をつけなければならない。

「お喋りはお終いや。警察に突き出したるから続きは取調室でや」

「無駄なことだ」

 両者が動く。

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