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 青い発光が動き、人影が倒れる。それが幾度か繰り返され、立っている人影が減る。

「斉藤! 出てこいや!」

『噂には聞いていたけど、予想以上に強いね』

「お世辞はいらん!」

 スピーカーから聞こえてくる声を相手に話している間にも、戦闘員の数は減っていく。殴り、蹴り、投げ飛ばし銃を構えた相手を優先し、無力化していく。

『殺さないのは優しさかな?』

「せや、優男やからな!」

『嘘だね。君は牙の抜けたライオンなんだろ?』

「何の話や?」

『とぼけても無駄だ。三十人殺しの噂は聞いている』

 恵吾の身体が一瞬間硬直する。

「どこでそれを……?」

『何、風の噂だよ。尾ひれがつきものなのもわかるが、君は傭兵として世界各地を周っていた経歴があるね? そして、アフリカのとある戦場で独裁政権の軍の隊員三十人を殺して回ったそうじゃないか。しかもたった一人で。恐ろしい話だ』

「ほんまのことやったらな」

『ああ、あくまで噂だよ。民間人を装ったゲリラ部隊の拠点を叩いた。勲章ものだね』

「……」

 恵吾は返事をせず戦闘を続けている。

『三十人はあらゆる殺され方をされていたそうだ。本当に恐ろしい。しかし、本当に恐ろしいのはその真相だ……』

 残り数人で隔壁内の戦闘員が片付くだろう。

『ゲリラ部隊が軍人でなく。独裁政権が用意した民間人だったそうだ。独裁者とその周辺の人物は亡命の為の時間稼ぎとしてわざとゲリラ部隊の情報を流した。傭兵の君は何も知らずに本当に軍と関係のない民間人を虐殺したという話さ』

「俺がそんなことするわけないやろ」

『そうは言うが、その軍事作戦に参加していたのは事実なのだろう?』

「まあな」

 恵吾は斉藤の後ろに立っていた。創愛警備保障の戦闘員を全て倒し、斉藤誠司のもとへとやってきていた。

「そのトラウマで君は人を殺せない。だから『牙の抜けたライオン』と揶揄されるそうじゃないか」

「無闇に人を殺さへんのは俺のポリシーや。そんなん言うてるやつは俺に嫉妬してるだけの小物や」

「そうか。ならその腰の銃は飾りか? 早く撃てばいいじゃないか」

「自分で喧嘩できひんやつにこんなもん使うか。それに聞かなあかんことがあるから……な!」

 恵吾は大きく振りかぶった右拳を斉藤の顔目掛けて振り抜いた。斉藤は派手にころぶ。

「まさか一発で気絶することはないやんな?」

 恵吾は斉藤の髪を掴み、顔を起こす。

「流石に痛いな」

「あと何発で喋ってくれる?」

「さあな」

 再び鈍い音がした。もう一発殴ったらしい。

「死体の研究か? 夢の研究か? 魔魅子ちゃんのことか? 何から話してくれんねん」

 恵吾は静かに斉藤に問う。

「悪いが時間切れだ」

 斉藤が微笑み、右手に持っていたスイッチが押される。


 ――少し時間は戻る。祥貴と綱吉は三体の犬型ロボットに闇雲に攻撃していた。ネイルガンでの攻撃や十手から伸びる鎖もロボットには当たらない。

「どうなってる?」

「当たっているはずの攻撃もすり抜けたように当たらないよ」

 二人の焦りは攻撃の様子からも見てとれた。

「一気に決める」

 祥貴は十手を構え直した。炎と共に刀身が現れる。

「巻き込むなよ」

 綱吉は後ろに下がり、祥貴の邪魔にならないようにネイルガンでの射撃もやめていた。祥貴の姿がずっと動き腰が落とされる。一気に間合いを詰め、祥貴の横薙ぎがロボットの首元を捉えた。

「やった」

 綱吉が思わず口に出したが、ロボットの首はまだくっついている。

「はあ?」

 やはりおかしい。刀の軌道は確実にロボットの首を捉えていた。かわしているわけではない。必殺の刃がすり抜けたようだ。

「東雲! 時間を稼いでろ!」

「まかせてよ!」

 祥貴は無駄のない足捌きで三機の犬型ロボットの攻撃をかわしていた。

(炎もきかないのか……実体が無く幻か? いや、東雲は体当たりで怯んでいた……)

 綱吉はぶつぶつと独り言を言いながら目の前の敵の分析をしていた。

(煙と異臭……確かやつらが持っていた球体から出てきていたよな……条件検索かけるか)

 綱吉のスマートコンタクトにインターネットの情報が目まぐるしく表示される。

(関係ない情報ばかりか……待てよ……廃病院のデータ……そうか、これだ)

 綱吉は祥貴に持っていたショルダーバッグを投げる。

「中のものを使え!」

 祥貴は犬型ロボットの攻撃を避け前転と同時にバッグを拾う。中身を開けると、正立方体のアタッシュケースが入っていた。

「『限界曲線』?」

「取り出して球体を開け! 球体に隠しスイッチがついてる」

 祥貴は慌ててケースを開き、中身を取り出す。犬型ロボットの突進を避け、球体のスイッチを探す。一ヶ所指で触れると柔らかい部分があった。

「スイッチは見つけたけどどうしたらいいんだい!?」

「球体が開くからそれをやつらに向けろ!」

「え?」

 祥貴は綱吉の言われた通りにスイッチを押すと、球体がくす玉のように半分に開く。中は空洞になっている。犬型ロボットへと向ける。犬型ロボット達は煙となり、球体の中へと吸い込まれる。

「閉じろ!」

「わかった!」

 祥貴はすかさず『限界曲線』を閉じた。何の抵抗もなく、静寂が訪れる。

「これは一体?」

「廃病院に残ってたデータを参照したんだが、オカルト現象についてのファイルがあってな。俺は興味なかったんだが、異臭と煙と共に現れる存在について記録されていたんだ。鋭角より現れる存在。角度がないところに閉じ込めろって記述があってな」

「それで『限界曲線』が使えるわけか」

「千葉が『カミサマにもらったは良いけど邪魔やから持っといて』と押しつけられたものが役立つとは」

「そういえば、有奇くんが渡してくれたんだったね。帰ったら彼に見せよう」

 二人はピンチを脱した。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 真理愛は消耗した身体を動かして、創愛警備保障の戦闘員の怪我を治してまわっていた。

「本当にごめんなさい! 痛かったですよね!」

 気絶している者が多いが、意識があっても項垂れている戦闘員は黙って治療を受けていた。

「これで大体よし! もう動けません!」

 応急手当てを粗方済ませると、真理愛は大の字になって寝た。

「奥の手を使うと、全身筋肉痛でくたくたです……」

 真理愛の使った奥の手は身体への負担が大きいらしい。

「他の皆さんは無事でしょうか……?」

 真理愛が眠気と戦っていると轟音が耳をつんざき、床が崩れる。

「嘘でしょ!?」


 スイッチの押す音の一瞬後に、爆発音がし、床が崩れ始めた。恵吾はバランスを崩し、斉藤誠司も崩れる床にバランスを崩している。

「やりやがったな!」

「もう少しお喋りしたかったのですが、残念です」

 斉藤は落下しかけながら微笑み、スイッチを捨て、デバイスを起動する。金色の光が輝き、右手に棒状のものが形成される。先端には豪奢な飾りと真ん中に大きなマジカライト。恵吾が目にしたものの中で最も大きい。金色の光が落ち着き、錫杖のようなものを斉藤が振ると、斉藤の背中に天使の羽のようなものが現れ、斉藤は羽ばたく。

「それでは千葉恵吾くん。さようなら」

 斉藤は優雅に手を振り、落下の始まった恵吾を見下ろす。

「くそがあ!」

 恵吾の悲痛の叫びは大きな縦穴によく響いた。

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