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「待たせたな。予定全部キャンセルしてきたんだ。その価値はあるんだろうな?」

 しばらくした後、男が入ってくる。柊木会直系柊木組長、柊木宗盾(ひいらぎそうじゅん)。会長の息子で、会長と同系統の茶色いスーツを着崩している。前髪はセンター分けの長髪で、後ろの髪は一つ括りにまとめている。喉には横一直線に傷が入り、潰れたような声をしている。柊木会の表の実働部隊であるシールドセキュリティをまとめるのが、木村であり、裏の実働部隊である柊木組を纏めるのが宗盾だ。

「遅いわ。待ちくたびれたで」

 恵吾はソファーに腰掛け、電子タバコの煙を吐き出しながら言う。目の前のテーブルには、いくつもの空いたグラスや、お茶請けが入っていたであろう食器が並んでいた。

「レディーを待たせないでくださる?」

 魔魅子も紅茶を啜りながら宗盾に文句を言う。

「お前らいい度胸してるじゃねえか。千葉は良いとして、そこの女は?」

「この子が神園魔魅子や。お探しやったんやろ?」

「ほう……おもしれえな」

 宗盾は空いているソファーに乱暴に腰掛け、タバコに火をつける。煙と共に緊張感が広がっていく。

「で、話ってのは何なんだ?」

「この子が邪魔した取り引きに関わってる創愛グループのある研究主任についてなんやけど。なんか知らんか?」

「創愛グループのことなら、創愛司沙に聞きゃあ良いじゃねえか。そいつの家族なんだろ?」

「それが出来たら苦労せえへんわ。街の奴らに聞いても名前すらわからん」

「まあそうだろうな。創愛グループの機密情報なんぞがその辺の情報屋に漏れてたら、あんなでかいグループにゃならねえよ」

「なんか知ってるんやろ?」

「俺が何か知ってたとして、俺に何の得があるんだ?」

「魔魅子ちゃんのこと探してたやろ? こっちも情報出すで。ええよな? 魔魅子ちゃん」

「話せることなら……」

「まあ、こっちも情報くれるってのはありがてえんだけどよ……」

 宗盾はいつの間にか手にしていた日本刀から刀身を抜き、切先を魔魅子の喉元に突きつけていた。

「こっちは取り引き邪魔された上に金持ち逃げされてんだ。話だけ聞いて、五体満足で帰してやるわけにはいかねえな」

 魔魅子は唾を飲み、様子を伺う。

「金なら返すで? 今送るわ」

 恵吾はデバイスを操作し、送金の手続きをする。宗盾のデバイスの通知音が鳴り、宗盾が受け取りを許可すると、送金手続きが終わった。

「おめえ、何でこんなに金持ってんだよ?」

「こう見えて働き者やねん。コツコツ働いてコツコツ稼いでんねんなあ。おかげで貯金無くなってもうだけど。魔魅子ちゃんの懸賞金も取り消しといてや」

 宗盾のデバイスに表示された金額は二千万円。魔魅子が奪取した金額の倍額が送金されていた。

「本来なら取り引きを邪魔された落とし前としてその女をこっちで預かるのが筋だが……まあ良いだろう。本題に入ろうか。その件に関してはこっちも手詰まってたところだ」

 宗盾は刀を鞘に納め、再び吸いかけのタバコを手にした。

「俺たちが取り引きした相手についてだな。名前は斉藤誠司と名乗ってた。本名かどうかは知らねえ。」

「連絡つくんか?」

「いや、取り引きの際に使っていた電話番号はもう使えねえ。ただな、『SEGRETO』ってバー知ってっか?」

「行ったことはないけど、まあ聞いたことは」

「奴がそのバーに出入りしてるらしいって情報を掴んでんだ」

「じゃあそこに行けば会えるんじゃないの?」

「そう簡単じゃねえんだよ。そのバーは仁礼会のシマだ俺たちは入れねえ」

「やから手詰まりってわけね」

「そういうことだ。勝手に他所のシマに入ったら戦争になりかねねえからな」

「じゃあ私たちがそこに行って、斉藤って人探そうよ」

「そうやな、じゃあ早速行こか」

「待て、その女から情報をもらってねえだろうが」

「手短にすませてや」

「お前は創愛グループの会長、創愛司沙の実子だってのは本当か?」

「親戚やろ? ちゃうん?」

「たまにそうやって言われるけど、司沙おじさんとは遠い親戚なの。お父さんとお母さんは役員してる人で別にいるよ?」

「なら何でお前に一千万の協力金出してまで探すんだ?」

「それは私にもわからないの。家出みたいな感じで飛び出してきたからかな?」

「その場合、お前の父親か母親がそうするんじゃねえのか?」

「そうよね……そもそも、司沙おじさんとはそんなに会うこともないし、ほとんど話したこともないの」

「あ? 尚更筋が通らねえじゃねえか」

「それもそうだけど……」

「まあまあ、魔魅子ちゃんに聞いてもわからんみたいやし、もうええやろ?」

「創愛司沙には昔、隠し子がいるって噂が流れたことがある。そいつに繋がる情報なら仁礼会の弱みを握れるかと思ったが、見当違いか。けっ、大した情報持ってねえじゃねえか。これは貸しだぞ? 千葉恵吾」

「はいはい、わかったわかった。ほな、もう行くで?」

 宗盾は納得していない顔をしていたが、沈黙は了承の証だろう。恵吾と魔魅子はシールドセキュリティの施設を後にした。


「ここか」

 恵吾と魔魅子はバー「SEGRETO」の様子を向かいのカフェから伺っていた。辺りは薄暗くなっている。

「一言さんお断りって雰囲気だね」

「カメラとセキュリティが……二人立ってるな。クラブかよ。ただのバーではなさそうやな」

「カップルの振りして入る?」

「いや、準備なしにそれは厳しいな。ちょっと考えがあるから待っててくれる?」

「おっけー」

「ほな、いい子ちゃんにしてるんやで」 

 恵吾はバーの裏手に回る。通用口からミニドレスを着た女性がタバコに火をつけながら出てきた。

「お姉さん、火ぃ貸してくれへん?」

「いいですけど、お兄さんどなた?」

「近くの店のボーイやってるんやけど、さぼれそうな良さげなとこ探してたらここに迷い込んじゃって」

「そういうことね。程々にしなさいよ」

 女は恵吾に高級そうなライターを渡した。恵吾はそれを受け取り、タバコに火をつける。

「いやあ、お姉さん、ええライター持ってんなあ」

「最近羽振りのいい客が来ててね」

「へえ、どんな人なんですか?」

「こういうとこで遊ばなさそうな人なんだけど、こっそり飲めるからって最近ウチによく来るのよ」

「もしかして、斎藤誠司って人?」

「えっ?」

 恵吾はライターを返す。女の手にはライターとともに、折りたたまれた紙幣も添えられていた。

「その人のこと知りたいねんなあ」

「私はお兄さんのこと知りたくなったけど……。まあいいわ。そうよ、創愛グループの関係者みたいね。最近辞めたって言ってたわ。」

「その人の住んでるとことかわかる?」

「んー、住所はわからないけど、最近ほら、大きな採掘場ができたじゃない? あっちで仕事してるっていってたわ」

「マジカライトの採掘場? 医療関係の人やんな?」

「そういえばそうね。でも、間違いないわ。昨日そう言ってたもの」

「他には?」

「うーん。特に思い当たらないわね」

「おおきに、お姉さん。助かったわ」

「どういたしまして、お兄さん今度飲みに来てよ、サービスするから」

「じゃあ、この件が落ち着いたらお姉さんに会いに来よかな」

 女は恵吾に名刺を渡し、元の通用口へと消えた。

「魔魅子ちゃんとみんなのところに帰るか」

 恵吾は名刺を胸ポケットにしまい、アジトへ戻ることにした。

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