3/11 更新

「綿奈部くんは相変わらず難しい顔をしているな! 嫌なことでもあったのかい?」

「放っておけ」

「アヴェくんは今日も健康的だな!」

「東雲さんもお元気そうですね」

「僕はいつでも元気だよ! アヴェさんのお世話になることはあまりないのが残念だね!」

 大げさにも見える身振りを交えながら、祥貴は明朗に話し、快活に笑う。しかし、彼こそがこの街の刑事課の検挙率トップを維持し続ける若きエースである。賄賂に隠蔽、誤認逮捕など、警察の不祥事が目立つこの街で、真っ当に出世した人間は彼ぐらいのものだろう。

「もう、勘弁してください!」

 鎖で雁字搦めにされた男は、祥貴に許しを乞うている。

「祥ちゃん、見逃してあげたら?」

「だめだよ! 僕の前で犯罪は許されない! おうい! 悪いけど、署まで連れて行って取り調べしておいてくれる?」

「はい!」

 祥貴は控えていた部下に指示を出し、パトカーを見送った。

「あの、この後お時間ありますか? 一緒にお茶でも!」

 先ほどまで暴行を受けていた女は祥貴に声をかけていた。

「僕はとっても忙しいんだ! この街から犯罪を根絶しないといけないからね!」

「お礼をしたいので、せめて連絡先だけでも!」

 女は食い下がるが、祥貴は首を振るばかりだった。女は断られてもああだこうだと理由をつけ、祥貴に迫っていたが、祥貴の態度は変わらない。やがて女は諦め、渋々店を出ていった。

「祥ちゃん相変わらずモテるなあ」

「言い寄られても、断るしかないから、心苦しいけどね」

「で、刑事が昼間っからさぼりか?」

 綱吉は、祥貴に問う。

「とんでもない! 僕は千葉君に用事があるのさ! 厳密には千葉君が僕に用事があるようだけどね」

「そうそう、聞いてや祥ちゃん! 受付の人がな……」

「千葉さん、それは本題じゃないでしょう?」

 四人はテーブルにつき、飲食をしながら、昨晩の経緯を恵吾が祥貴に話した。

「つまり、君たちは不法侵入をしたんだね?」

 祥貴のデバイスが赤く光り、恵吾が冷や汗をかく。

「勝手に入ったのはそうやけど、それ以外に悪いことしてへんで! そうや、情報提供したから司法取引や!」

「まあ、僕が聴取したことにして、お縄をかけるのはよしておこうか」

 祥貴のデバイスから光が消え、恵吾は小さく息を吐いた。

「しかし、ゾンビに化け物か……実は市民課の方でそういう相談が増えていてね」

「悪質ないたずらではないのか?」

「まあ、ほとんどがそういう類のものだね。ただ、別の人からも同じような内容の相談もあってね」

「では、今回のようなケースもあるということですか?」

「そうなんだ。だが、上層部は表沙汰にすることを避けていてね。実際、ナノドラッグの一斉摘発や、過激な新興宗教への対応、自殺者急増の件なんかもあって、中々そこまで手が回っていないのも事実なんだ」

「そこまで喋ってええんか? 相変わらず治安悪いな」

「まあ、この街の性質上仕方のない事でもあるがね」

 この街は、経済特区とされ、様々な企業が出資しあい開発した土地である。そのうえ、世界情勢の急激な変化に伴い、旧来の立法制度や政治制度では追い付かない検討事項に対し、迅速に解決案を探る必要がある為、法案を通りやすくし、条例や法律の試験都市としての機能もそなえている。賛否両論巻き起こっているが、難民や移民の受け入れの緩和、PCM(民間軍事会社)による治安維持権、民間の拳銃所持の許可など、あらゆる面で一般的な日本の街とは違う面が多い。その為、富裕層と貧困層の格差が起こったり、移民してきた人たちと、もともと住んでいた人たちとの衝突が多いなどデメリットの面も目立っていた。

「犯罪の急増と多様化、産業の発展による格差。問題の宝庫ではあるな」

 綱吉はタバコの煙を吐きながら所感を述べる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る