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 翌日のお昼過ぎ、三人は街の警察署へとやって来ていた。

「やからあ、地下にゾンビとかナメクジみたいなバケモンがおってえ、大変なんやって!」

「警察も忙しいんです! お帰りください!」

「これ証拠写真! 記念に撮ってん! ほら、化け物おる証拠になるやろ?」

「よく出来たフェイク写真ですね。たまにこういう方が来られるので、こっちは業務の妨げになって困るんです。いい加減にしないと公務執行妨害で逮捕しますよ!」

「じゃあ、刑事課の東雲祥貴(しののめしょうき)って人呼んでや!」

「警察に指名制度はありません! お帰りください!」

「けちやなあ!」

「けちとかの問題ではありません!」

 恵吾と警察署の受付を担当している女性とで、大騒ぎになっていた。

「東雲さんは、今日は非番です! どちらにせよ会えません!」

 受付の女性は、シフト表を開きながら恵吾に返答する。

「嘘や! 真っ白の高級車停まってたで! あれ祥ちゃんのやろ!」

「わかりかねます! お引き取りください! はい、次の方〜」

 免許更新の為、順番待ちをしていた男が手続きを始める。

「ほんまなんやって〜!」

 恵吾の声はもう届かない。

「まあ、こうなるか。千葉、帰るぞ」

「はい、お帰りはこちらですよ〜」

 綱吉と真理愛に両脇を抱えられ駄々をこねる子どものように、恵吾は警察署から連れられて行った。


「納得いかんわ! どうせ面倒事やから取り合わんかっただけやろ! 腹立つ! その辺の汚職警官ちくったろかな!」

「もうその辺にしましょう」

 綱吉のタクシーの車内で、恵吾はまだ駄々をこねていた。

「で、どうする?」

「ユートピアで作戦会議しよ」

「私、なんだかんだ久々です! マスターお元気ですか?」

「そういえば、真理愛ちゃんも常連さんやけど最近来てへんかったね。マスターは元気すぎて困るわ、午後やからカフェメニューやってるし、遅めのお昼にしよか!」


 扉についたベルが勢いよくなり、客の到来を告げる。

「マスター! やってるぅ?」

「やってるぅ? じゃあねえ! 昼の一番忙しい時に限ってどこ行ってたんだ恵吾!」

「ちょっと警察に。みんな楽にして座って」

 恵吾は悪びれる様子も無く、お気に入りの席にどかっと座り、綱吉と真理愛も座るよう促す。

「お前の家じゃねえんだぞ! で、警察ってのはなんだ? 自首しに行ったのか?」

「俺、なんも悪いことしてへんやん」

「あ? 俺がいくらでも証人になってやるぞ?」

「えー、マスターもたまに仕事回してくるやん。共犯者、いや、首謀者として証言したるわ」

「相変わらず口の減らん奴め」

「マスターもそうやん」

「クソガキが!」

「ふふっ! マスター相変わらずですね」

「真理愛! 久しぶりだな! どうだ儲かってるか?」

「ええ、お陰様で! 色々とお世話になりました」

 真理愛は元々国外出身の日系人だった。諸事情有り日本人として帰化することになったのだが、日本国籍の取得などをマスターは協力していた。

「で、相変わらず辛気臭い顔してるな! 綱吉!」

「余計なお世話だ」

 綱吉もここの常連だった。前職を辞めた後、特にやることもなく店に通っていた。ボードゲームバーという場所で、誰とも会話をせず、一人でコーヒーや酒を飲む珍しい客をマスターは放っておかなかった。今のタクシー運転手や運び屋としての仕事を紹介したり、自由に使えるガレージ付きの物件を押さえてくれたのもマスターだった。

「とりあえずカフェオレとコーヒーと紅茶だろ! せめて金落としていけ!」

「おおきに〜」

 マスターは三人の好みを把握していた。飲み物が出てくるまでの間に別のテーブルから会話が聞こえてくる。

「姉ちゃん! 約束通り、このゲーム俺が勝ったらこの後付き合ってくれよ!」

「えー、嫌ですよー」

「嫌なら勝てばいいだけだろう?」

 男女の客は別のテーブルで二人で遊べるカードゲームを遊んでいるようだった。女は困っている様子だった。

「今日は下品なやつがおんなあ、熱っ」

 恵吾はマスターが出してくれた甘めのカフェオレを飲みながら呟く。デバイスに表示されるSNSアプリから視線を外さず、興味なさげな様子だ。

「はい、俺の勝ち! じゃあ店出ようか! マスターお代は置いておくぞ!」

 男は女の腕を掴み、半ば強引に外に連れ出そうとする。

「嫌だって言ってるじゃないですか! それに、そんな約束なんてしてません!」

「嘘つくんじゃねえよ! ほら、早く行くぞ!」

 女は抵抗するが、ぐいぐいと出入り口まで連れてかれていく。

「千葉さん。止めてあげたほうが」

「しゃあないなあ。真理愛ちゃんがそういうんやったら」

 恵吾は重い腰を上げ、男に話しかける。

「おい、兄ちゃん! 女の子嫌がってるやんけ! やめたれや」

「あぁっ!? なんだてめぇ! この姉ちゃんは俺に気があるんだよ!」

 男はよく見ると酔っているようだ。少し顔が赤く目がとろんとしている。

「いや、どこがやねん。お前みたいなんに気あるやつなんかおらんやろ」

「助けてください!」

「うるせえ!」

 男は女を平手で打った。

「痛いっ! 離してください!」

「自分何しとんねん!」

 恵吾は男に駆け出し、右ストレートを繰り出す。

「痛ぇっ!」

 殴られた男は弾みで転んだ。

「俺に手ぇ出したってことは、組のもんが黙ってねえぞ!」

 男は立ち上がり、恵吾に脅しをかける。

「はあ? ださっ、だからなんやねん。かゆっ。うわ、ここ虫に噛まれてるわ。真理愛ちゃん塗り薬持ってへん?」

 恵吾は話半分にしか聞いていなかった。

「てめぇ舐めやがって!」

 男は銃を取り出し、女を抱き抱え、人質に取る。

「オレのバックには仁礼会がついているんだぞ! 手出しできねえだろ!」

 仁礼会は、魔魅子に賞金をかけたシールドセキュリティの後援である柊木会とこの街の覇権を取り合う大きな反社会組織だった。

「ほう、その話詳しく聞かせてはくれないか?」

 扉のベルがカランと鳴ったと同時に、よく響く声が聞こえてくる。男が振り返った時にはすでに手遅れだった。撫で付けられた金髪に特徴的な赤いアイシャドウ。白いスリーピースのスーツの下には黒いドレスシャツを着ている。左胸のポケットには黒いハンカチが花開いている。歌劇団のスター俳優のような派手な長身の男が立っていた。長身の男は右手を銃を持った男に向かって掲げている。その手には赤い光が纏われた銀色の十手が握られている。銃を持った男がその長身の男を視認したと同時に、十手の先から赤い鎖が飛び出し、男をぐるぐる巻きにする。

「ぐわぁっ」

 男は受け身を取ることもできず、鎖に巻かれたまま床に激突した。

「祥ちゃん!」

「やあ千葉くん! 久しいな!」

 ユートピアに現れた長身の男の正体は、東雲祥貴(しののめしょうき)。先ほどの警察署でのお目当ての刑事だった。

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