3/9更新修正版

「これは治療なのか?」

 綱吉は顔が引き攣っていた。

「しっかし、なんやねんこいつ。おばけかとおもったやんけ」

 恵吾は足でゾンビをツンツンと蹴っている。

「怖くないんですか?」

「こいつ足あるからおばけちゃうやろ」

「そういうものですか?」

 真理愛はその場にしゃがみ、ゾンビに触れる。

「冷たいですね……脈もないみたいです」

「死んでいるということか?」

「普通の人間の基準ならば、死んでいると判断せざるを得ませんね」

「動く死体かあ、本物のゾンビやん! 初めて見たわ! 記念に写真撮っとこ!」

 恵吾は子どもの様にはしゃいでいた。デバイスで写真を撮り始めている。

「見たことのあるやつなどいないだろうに。だが、こいつが、謎の声の正体ということになるのか?」

「声は、アパートに住んでいる方が仰っていた特徴と重なりますね」

「腕になんかついてるで!」

 ゾンビの手首には、プラスチック製の腕輪にシールが貼られているものが着けられていた。

『橋本美佳子』

「これさっきの装置に名前あったよな?」

「そのようですね」

「じゃあ解決やん! 声の主は、ここの遺体のゾンビや!」

「ええ、声の主は分かりましたが、解決と言えますかね? 病院の外まで声が聞こえるものなのでしょうか?」

「まあ、一理あるな。窓にはシャッターが下りていたはずだ。警備センサーにも引っかかった形跡はなかったぞ? 外に出たというわけでもないだろう」

「そうなん? でも確かにこんなん外におったら、騒ぎになるよな。アパートの人もこの辺散歩コースにしてるって言うてたし」

「それに、どうしますか? 外に連れ出すわけにもいきませんよね?」

「いっそ、楽にしてやるか?」

「いや、それはやめとかへん? さっき自分で遺体とは言ったけど、この状態がほんまに死んでるかも分からへんし、最悪殺人やで?」

「この街では珍しくもないだろう?」

「まあそうかもしらんけど、とりあえずこのままでも大丈夫そうやし、一旦外に出えへん? どうするかは、ゆっくり考えてもええんちゃう?」

「そうですね。私も少し疲れました。一旦外に出ましょうか。住民の方に何と説明すればいいかも考えないといけないですし」

「じゃあ帰るか」

「よし、帰るまでが調査やからな!」

 意気揚々と霊安室から一歩出た所で、恵吾は振り返った。

「で、どっちから来たんやっけ?」

「まったく。これだから方向音痴は。あっちから来ただろう」

 綱吉が指を指し、恵吾に帰り道を示した。

「そうやった、そうやった」

 恵吾は気恥ずかしそうに綱吉の示した方向にライトの光を向ける。

「あれ? 嘘ついた?」

「嘘なんかつくはずないだろうが! 俺も早く帰って寝たいんだ!」

「でも、行き止まりやで?」

「そんなはずがあるわけ……」

 綱吉が言い終わらない内に、ライトで照らされた道の先を見ると、廃材で道が塞がれていた。

「確かにこちらから来たはずですが、このような動かせそうにない廃材はなかったはずですが?」

「「「うー!」」」

 突如三人の背後から声が聞こえてきた。そちらにライトを向けると、霊安室で遭遇したゾンビが大勢こちらの方へ走ってくる。

「数が多すぎるわ! あっちから逃げよ!」

 ゾンビが来る方向とは別の方向に廃材の隙間があり、三人は細い幅へと急いで入り込んでいった。


「あの数は聞いてへんで」

 非常灯の頼りない光を頼りに、廃材の隙間を横向きに歩きながら恵吾はぼやく。

「おまけに帰り道もめちゃくちゃだ。さっきまでこんなところに廃材なんかなかっただろう」

 廃材の隙間を縫い、三人は別の通路の先へと出た。

「こっちも行き止まりですね」

「ここ入ってみよか」

「何か匂いがしませんか?」

「うそお? 俺か?」

 恵吾は自分の腕を嗅ぎ、自分が臭いのかどうか確認している。

「死体の匂いか?」

「それとも違うような?」

「とりあえず開けるで」

 恵吾はおそるおそる第三倉庫と表示のある扉の取っ手に手をかける。建て付けが悪くなっていたのかギーと音を立てて扉が開いていく。中は真っ暗な空間が広がっている筈だった。しかし、三人の予想を裏切り、薄明かりが見えた。

「蛍みたいや」

 薄暗い部屋の奥で黄緑の点が明滅している。廃墟の中にこんな幻想的な風景が広がっているのだろうか?

「綺麗ですねえ」

 興味深そうに真理愛が近づき、光に触れようとする。

「あかん!」

 真理愛の腕を恵吾が力一杯に引く。

「痛い!」

「どうしたんだ千葉?」

「二人共よう見てみ……」

 綱吉と、真理愛は目を凝らして光の方を見た。よく見ると鋭く尖った棘のようなものの先端が光っているようだ。その棘は伸縮を繰り返している。蛍が飛ぶように見えたのは、棘が伸縮しながら、先端を明滅させている為であった。棘の根本に視線をやると、

「ヒッ!」

 真理愛は悲鳴をあげた。棘の根本は金属のようなツヤツヤした光沢を持った楕円形の物質であった。床との設置部分には、三角錐のような突起が無数についている。ウニのように棘だらけのそれには一箇所棘のない部分があった。円形に穴が空いたその部分には、無数の鋭利な牙のようなものがついている。更にその口のような器官の上部からは、棘とは違う三本の曲線が伸びていた。三本の突起の先には血走ったような黄色い眼がついていた。真理愛はそのおぞましい黄色い眼と真っ向から視線を交わしてしまっていた。

「ウニ? いや、ナメクジ?」

 巨大なナメクジのような姿をした生物だった。壁から伸びた鎖でぐるぐる巻きにされているようで、動き出す様子はない。恵吾が今までに見てきたどんな生物に形容すればいいのか逡巡している内に、綱吉から呼び掛けられた。

「千葉、あれを見ろ」

 綱吉はナメクジのような化け物の背中側(恵吾たちの見ている顔のようなものが正面とするならばだが)に、人が刺さっていた。無数の棘に刺された人は、ぐったりとしているが、時折痙攣を起こしている。

「人が刺されてる?」

 刺さった人の痙攣が激しくなったかと思うと、「うー」というできれば二度と聞きたくなかった声が聞こえた。

「こいつがあいつらをゾンビにしていたのか?」

「助けましょう!」

 真理愛がデバイスを起動し、桃色の光で部屋が満たされる。

「えい!」

 真理愛の背中に放射状に浮いている医療器具の中からメスを取り出し、刺さっていた棘を切っていった。

『キーンッ!』

 突如、化け物の口から金属と金属を擦り合わせたような不快な音が大音量で響き渡る。あまりの不快感と大きな音量に、思わず三人は耳を塞いだ。地響きがするほど、化け物はのたうち回っている。どうやら苦しんでいる様子だ。

「大丈夫ですか?」

 化け物が落ち着いた後、真理愛は刺されていた人に近づくが、呼びかけても「うー」とうなっているばかりである。

「手遅れですか……」

 真理愛は瞳に涙を浮かべていた。

「「「うー」」」

 化け物の後方から大勢のゾンビが現れた。

「後ろにこんなおったんか! 真理愛ちゃん! 一旦退こう!」

「千葉! 今の振動で扉が開かない!」

「枠が歪んだんか!」

「こっちに来ますよ!」

「あそこ壁崩れて通れそうや!」

 恵吾は崩れた壁を指差し駆け出す。

「これでもくらえ!」

 綱吉はデバイスを起動し、巨大化したインパクトドライバーを具現化した。追ってくるゾンビに高速回転するドライバーの先を突き出し、攻撃する。

「怯んだぞ! 今だ!」

 綱吉の合図で三人は一気に駆け出した。壁の穴の先は簡易的に舗装された地下通路になっていた。

「壁の裏になんでこんなんがあんねん!」

「今考えている暇はない! とにかく走れ!」

 長く続く地下通路を三人は駆ける。無我夢中で走った先に大きな鉄製の扉が半開きになっていた。

「閉めるで!」

 扉はかなり重たい。恵吾はデバイスを起動し、身体強化を行なった。

「閉まれーっ!」

 恵吾の身体が青く輝く。鈍い音を立てながら、大きな鉄製の扉は閉じられた。三人がいる側の扉には、大きな閂が取り付けられていた。綱吉と真理愛はすかさず閂をかける。

「これでええやろ」

 三人は息を整え、辺りを見回した。

「通信装置? エレベーターもある」

 そこは広めの倉庫のような空間となっており、運搬用の機材や、通信装置が置いてあった。

「うー」

「ここにもおったんか!」

「私が!」

 真理愛は突然現れたゾンビの関節を手際よく外していく。

「これで無力化できたでしょう」

「ゾンビ一匹なら真理愛ちゃんにお任せやな!」

「エレベーターから地上に帰ろう」

 三人はエレベーターの地上と書かれたボタンを押した。エレベーターはゆっくりと上昇し、緩やかに重力を感じさせる。浮遊感がおさまり、エレベーターの扉が開くと、地下の倉庫に似た場所に出た。

「うー! うー!」

「まだゾンビおるんか!」

 恵吾が戦闘体制に入る。

「千葉、声の謎が解けたぞ」

「どうゆうこと?」

「ああ、これが最大音量になっている」

 綱吉の視線の先には、スピーカーが置いてあった。

「先ほどの通信装置ですね!」

「ああ、連絡を放送で行うこともあったのだろう。マイクがオンのままだ。地下の部屋に一人残されていたゾンビの声を拾い、ここから出ていたんだ」

「確かにうっさ! でも、アパートまで聞こえんの?」

「座標を見ろ」

 綱吉のデバイスの画面を見ると、アパートの真裏の辺り、林に囲まれた場所を指していた。

「そういうことやったんかあ。夜は静かやし意外と聞こえるもんなんかもなあ」

「これで原因は突き止めたな」

「ええ、でも地下のことは何とお伝えすれば良いのか……」

「今すぐどうこうならへんし一旦帰って寝えへん?」

「そうだな。早く帰ろう」

「じゃあ、つな、送迎よろしく〜」

「嫌だ」

「釣りは要らねえ」

 恵吾はデバイスを操作し、綱吉に送金した。綱吉のデバイスに通知音が入る。

「毎度……って一円? お前なあ!」

 恵吾は不敵に笑っている。

「嘘嘘、小梅ちゃんに手土産持ってくんやったら五角堂のお煎餅がええで」

「確かだろうな?」

「まあ、真偽は持って行ったらわかるわ」

「ちっ、乗せてやるよ」

 綱吉は気に食わない様子だったが、こういう時の恵吾の発言に嘘はないことを知っていた。

「おおきに」

 綱吉は渋々、近くにデバイスで呼びつけた黒塗りのタクシーに二人を乗せた。

「まあまあ、そういうお店はちゃんと正規店に行くんですよ?」

「忘れとったけど、表向きはタクシーの運ちゃんやったなあ」

「本業に比べれば、雀の涙ほどだがな、まあ情報が集まったり、コネができたりして助かるが」

 深夜の道路をタクシーが駆け出して行った。

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