君がくれた婚約指輪にも、命が宿り始めた。

 今日、ついにご主人様とお別れしますの。

 ご主人様に出会ってから60年、それはとても長かった……



 わたくしは指輪。ブランドはみなさんご存じ「ティファニー」。

 純金製でダイヤモンドで飾られた、高級感あふれ、庶民の方々にはまるで縁がないような、そんな存在として生まれましたわ。


 そんな私をお買い上げなさったのは、セレブとは程遠いような、若い男性の方でした。

 そのお方がご入店なさった時、そこにいた誰もが驚愕しましたの。

 そこにいらっしゃったのは、スーツはよれよれで靴もボロボロ、髪の毛もまともにセットされていらっしゃらないような、まるでブランド物を身に着けているイメージがわきませんでしたわ。

 軽蔑の目を向けている店員さんや、笑いをこらえているお客様もいらっしゃいましたっけ。


 しかしその男性は、ショーウィンドウの中から私を選ぶと、「この指輪買います」とおっしゃって、迷わずカバンの中から札束を取り出したのですの。

 入店なさった時よりも驚きましたわ。

 その紙幣は少し擦り切れて汚れていましたが、確かに私をお買い上げになるには十分な金額でしたわ。


 そうして私をお買い上げになった男性は、あるレストランで女性と待ち合わせ、そして私をその女性に差し出しましたわ。

 その女性が、私のご主人様でしたの。



 それからというもの、ご主人様とその旦那様、そして私は、六十年以上にわたって共に時を過ごしましたわ。

 嬉しいことも、悲しいことも、あらゆる思い出を三人で共有しましたわ。

 そして今日、ついにご主人様とお別れしますの。

 旦那様が私を握りしめて、静かに涙を流していらっしゃいますわ。

 ああ、私も悲しい……もし私に涙腺があれば、大粒の涙をこぼせるのに……


 さようなら、ご主人様。ご主人様との六十年は、私の人生(?)の誇りですわ。

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