第49話・ユートピア
父と一緒にリビングに下った。その様子も、母にとっては想定内だったみたいだ。朗らかに笑って迎えてくれたのだ。
「よし! メシだ!」
愉快な大声と、爽快な仁王立ちで。
「テルには頭が上がらないな……。おかげでまた、悠希と飯が食べられる!」
時間はかかった。だが、父政権は打倒され、今や母独裁国家松田家だ。
独裁者がパワフルな哲人であり、哲人政治の我が家はさながらユートピアだ。
「
天井を仰ぎ豪快に笑ってみせる俺の母はやはり太陽なのだ。いつかあのようになりたい。憧れるほど眩しいものは眼前にいくらでも転がっている。
でも、今の僕だって悪いわけじゃないのだ。きっとこの弱さを必要としてくれる人がいる。
「波乱万丈だね! うちの一家!」
もう、笑ってしまうほど波乱万丈。それと半分くらい、笑ってはいけない波乱万丈。
かつて人間には翼はなかった。未だこの背には翼が生え無い。だが、受け入れて機械の翼を得て広大な太平洋すら飛び越えてみせたのだ。
翼がないことを良しとしない限り、人類はきっと地上から空を見上げるばかりだっただろう。
だから、今を良しとしない限り、自分に取り付けるべき部品は手に入らないのだろう。だから向き合って、全部良しとしよう。絶対に、産みの母とも向き合おう。彼女の痛みは、僕にも少しばかり取り除けるかも知れない。そこから、夢に向かう部品をみつけよう。
「本当にな! さ、夕飯だ!」
と言っても、果物なのだ。夜の僕たちは貧民。健康のため、夕飯はあまり食べない。
「柑橘系か?」
父は母に訪ねた。
「おうともよ! 和製グレープフルーツの名を欲しいままにする、
母が夕飯のメニューを告げる。それに僕は喜んだ。
「好きな奴だ!」
個人的に、グレープフルーツより好きなのだ。グレープフルーツには少し苦味があるが、これにはない。爽やかな甘味と、柑橘系定番の美味しい酸味。そういえば、ビタミンCアスコルビン酸は、なんでも酸っぱいのだとか。柑橘系が酸っぱいのは、そのせいだろうか……。
なんにせよ、果物はビタミンが豊富。そのせいで我が家は肌がもちもちとしていて、病気の発生率も母が来てからはゼロ。母の提唱する健康法は凄まじい。実は医学生だったとか聞かされても、びっくりしないほどに。
「父さんも、味は大好きだなぁ……」
頭を書きながら父はそんな事を言う。
「おい、味はってなんだ!? 味はって!!」
だから母に小突き回されていた。
母はなんだか、父にとってもお母さんみたいに見える。きっと一家まるごと育て直してくれたのだ。
「だってぇ、腹にたまらないんだよ……」
父は眉を寄せて困った顔をしていた。確かに柑橘系は果汁がほとんどで、お腹にたまらない。でも、その空腹感をちょっと心地いいと感じたりもする僕は変なのかもしれない。
「その空腹感が、体型維持に欠かせないんだ! だいたいな、人間ちょっと空腹なくらいの時が一番頭が働くんだぞ!」
それは、前に教わった。科学的根拠も、論文を見せてもらったりもした。何をこんなに勉強してるんだか……。ともかくとして、それも楽しかったのだが。
思えば、勉強を楽しくする種はその時からあったのかもしれない。僕に好奇心の種を植え直してくれたのかもしれない。
「なんかお父さんが運動部みたい……」
中学のまだ学校に行っていた時を思い出した。運動部の人たちはとにかくよく食べる。僕なんか、見ただけでびっくりする量が次々と消えていくのだ。
「運動かぁ……いいな! 良し、悠希! 明日キャッチボールしよう!」
明日はちょうど祝日で、だからお父さんも会社は休みだ。
「ゆーき、大丈夫かー?」
母は僕に心配そうな目を向ける。そりゃそうだろう、これまでキングオブヒッキーだったのだ。でも、僕は自分の殻を破りたい。それも、なんとなく尊重してくれている言葉である。
「うん! 大丈夫! だから行こう!」
父とキャッチボール、それは初めてだ。
「明日が楽しみなってきたぞ!!!」
ワクワクドキドキとした心は、どこか軽やかに感じる。
「あ、僕、めっちゃ下手かも……」
でも経験が少ない僕はきっとそうだ。
「その分父さんの運動になるってものだ!」
なんだかお父さんも母さんに似てきた気がする。あぁ楽しい。そして、楽しみだ。
この世界はどこまで僕に幸福を与えるつもりだろうか。
「そもそも前に投げられないかもよ?」
なにせキャッチボールなんて初めてだから。
「心配するな! 人間は本来教えるのが大好きだ!」
僕がStudentMindsetをもち、父が教えたがりになっている。この状況、控えめに言って最高だ。
「本当によかったなぁ……みんな素直になれて!」
そんな僕と父を見て、母は少し泣きそうなくらい笑うのだ。
キャッチボールをするにはグローブとボール。それから、相手との愛情と言う道具が必要だ。体に道具が必要なように、心には対人感情という道具が必要なのだと僕は思っている。
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