第43話・外の宝
本当の自分はなんだろう。とりあえずでわかるのは可愛いだとか、男らしい口調を使った時に似合わないとそれがむしろ可愛いと言われるのが割と不快じゃないことだ。
人気取りのためにメスガキ模倣を選ぶあたりがそうだ。かっこいいと、男らしいと、そんな風に思われたいならそんなことはしない。
結局今も無理しているんじゃないかと、思う。
それとそうだな、そわそわとしたら行動に移そう。とりあえず、今そわそわしていること、母さんが俺と先生が使ったティーカップを流しに持っていこうとしていること。
「持ってくよ!」
自分探しなんて、そんなところから始めよう。この家の中で生まれて育ったんだ、本当の自分なんてきっとここにいる。
「サンキュ! ゆーき、物は相談だが……明日から皿洗いとか一緒にやってもらっていいか?」
心が動く、好きな人に頼られるのが嬉しい。きっとそれだって、自分の形なのだ。
自分探しの旅はきっと、身近なところでこそ完結する。旅に出よう、超超短距離の、小さな旅に。
「物は相談だけど、たぶん失敗するよ?」
この家の中で……。
「台所で並んで、二人で話しながら皿洗う。そしたら楽しくなるんじゃねーか!」
母は母だった。失敗なんて恐れる必要はなかった。
「アハハ、そっか!」
挑戦なんて、したいときにしたいだけ提供させてくれる。
そんなことを話していると、台所にたどり着いた。でも、やったことはなくて、でも見たことはあって……。
「えっと……これかな?」
ここで、最初のミス。
「ゆーき、おしい! そりゃ、ハンドソープ!」
皿洗いすらやったことがなかったのだ。
「え? じゃあこれ?」
洗剤のボトルはなんだかスポーツドリンクみたいだ。
「おうそれだ!」
手に取って、こすって泡立ててみる。体を洗う時のように。
使ったことがないと、傍目にしか見たことがないと、そんなこともわからない。
「これはな……揉むんだ」
そこに母が上から手を添えて、洗剤のついたスポンジを揉んだ。すると驚く程に泡まみれになって、あっという間に手が沈むほどになる。
「すごい!」
泡が作られる速度に思わずびっくりしてしまった。
「なはは! 先人の知恵ってやつだ!」
本当にただそれだけのこと。多分当たり前の台所での手伝いが、これまでは当たり前じゃなかった。
「どうやったらこんなの思いつくんだろう……」
その先人の知恵には感服させられる。
スポンジ入りの泡玉を、ティーカップに押し当てて外側から順番に、なかに向かってこすっていく。
「こういうのが欲しかったんじゃないか? 欲しくて工夫して、根性で作った! って考えてる」
根性は発揮できるときは、発揮するべきだなと感じた。特に欲望に対してはその根性は、割と無限に発揮できる気がする。
ゲームで、最強に手を伸ばしたいがゆえに、根性でチュートリアルを突破したのだ。間違いない。
「先人すご!」
凄いと好きは似ている。他人の凄さを納得することで、その他人を好きになっていくのだきっと……。
「あ! まずったぁ……先にティーポットだった」
熟練の家事職人である主婦ことお母さん。そんな人が、隣でミスをする。
でも思考は既に好きバイアスに縛られていて、それはもう親しみだった。単なる、安心だった。ただ、安心させようとしてわざとかもとは思った。それも含めて、うちの母は最高だ。
「じゃあ、カップ洗ってる今のうちにポットはどうするか教えてよ!」
転ばぬ先の杖も大事だが、転んで次に歩くときは杖を持とうと思うのも大事だ。
「そこに三角形の金網あるじゃん?」
母が指さした先には三角コーナーがある。
「あるね」
「水入れて、茶葉をそこに流し込む!」
そんなことわかろうものだが、わからないのだ。初めての試みは思ったよりも、知らないばかり。でも、なんというか面白い。幼児にでも戻ってしまったのだろうか。全部が新鮮で、なのにすぐに理解ができる。
次々に不一致が解消されて、なんだか無性に笑えてくる。
「ははは! 凄い!」
台所は、知恵の塊だ。そして、どうやらひとつまた見つけた。知識欲が旺盛なのだ。
「何気ないものが、叡智の城塞になってる。どうだ? 面白いだろ?」
母は笑っていう。単純に快さからの笑い、そんな風に見えるのだ。
「面白いよ! なんで気付かなかったんだろう……」
勿体無い。おかしい。こんなにも知恵と工夫が溢れてるのになんで誰も教えてくれないのか。そして……。
「なんで母さんはそんなに教えてくれるの?」
聞けばポンポンと知識を吐き出してくれる母は、それとは真逆だった。
「教えるのは、気持ちのいいことなんだ。だけどな、教わるのが気持ちよくない人が多い。だから、知識を隠すようになったんだよ。劣等感とか、くだらないプライドとかねのせいでな」
そういえば、母に出会う前、教わることは苦痛だった。机に縛り付けられ、狭い世界の中で無理やり詰め込まれる。あぁ、だからだ……。
だから、教えたがりが嫌われるようになったのだ。本当は、そんなもの神様も裸足で逃げ出すありがたい人なのに。なにせ知恵の実を分けてくれるのだから。
「もったいないなぁ……」
本当は何もかもが楽しいはずなのだ。喜びはもちろん、悲しみですらも。
だからきっと、映画なんて喜怒哀楽全部揺り動かされるものを見る。
謙虚になろう。自分は無知で、子供なのだ。だから、教えてくれる人たちに素直に尊敬を伝えられるように。まずは形から、一人称でも変えてみようか。俺……はなんだか偉そうだ。
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