第38話・切り取り線
その後先生のレベルを2から3に上げるまで、アイン・ホルン狩りをした。
この段階で先生のビルドであれば50ポイントを獲得したのだ。そして次は70ポイント、さらに次に行けば100ポイントになる。その後はずっと100ポイントだが、俺はこのステータス総合値の差に立ち向かわなければいけない。
ここからが地獄だ。でも、準備はした。ここから先は、レベリングのために討伐するモンスターを決めている。どうせだ、明日の放送は指数関数のレベリングロードマップを話そう。
放送を終え、先生と別れて俺は現実に戻る。終了の時間はしっかりと毎日あわせているのだ。
現実に戻ると、すぐに電気をつけて、扉へ向かった。
扉の下には父さんの手紙が差し込まれいたのだ。
『また怖がらせてしまうかもしれない。だから、もう少し時間を置こうと思う。でも、気持ちは受け取ったぞ! 本当に嬉しかった!』
あぁ、これあれだ。父さんが、お母さんに軽い説教を食らうやつだ……。
俺のことなのに、父さんが勝手に決めた。過保護なのは分かるのだが、俺の決定を否定していることになる。要するに母の教育方針は子供の決めたことは、失敗するのが目に見えても尊重しろである。
しかし、どうするか……。
一瞬考えて答えは決まった。手紙は今日は破り捨てよう。大丈夫だから会いたいともう一度伝えて、ダメだったら母に助力求む。
いい子とチクリ屋は違うのだ。
ところでなのだが、なぜ父は手紙なのだろう。Linneすればいいのに……。
というわけで、俺はLinneでその旨を伝えてからリビングへと降りた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
今日の夕飯は……いちごっぽい匂いだ。
夕飯はいつも少し。これから寝るところにエネルギーを供給しては、脂肪に変換されてしまう。
この食生活は美容にいいのだ。
美容という言葉に少しだけ引っかかった。あるいは俺が美少女顔なのは、この母のせいではないのだろうか。
今は否としておこう。ホルモンバランスと食事はあまり関係がない。
「よ! 今日はいちごが安かった!」
メロンといちごは旬の時期がほんの少しかぶる。多分、今年最後のいちごだろう。
果物は季節を感じられる。そのために夕飯は果物なのだろうか……。
「美味しそう!」
「ゆーき、いちご好きだもんな!」
基本的に甘酸っぱい果物が好きで、いちごもそうだ。
「うん!」
ただ、割とこの好みは可愛らしい部類なのだとか。でもいいじゃないか、男性的であることと、可愛らしくないことにはなんの関係もない。
言葉をこねくり回す割には、俺の顔は女顔なのであるが……。
「ところで、今日はどうだった? ゲームでは何をしたんだ?」
一日の出来事はだいたい母と夕飯の時に喋る。向かい合って座って聞いてもらうのは、すごく好きな時間だ。
「今日は雑談が多かったなぁ。あ、そうだ、βテストの時の俺たちが神話になっちゃってたんだ……」
照れくさい笑い話を。
「あはは! そりゃ、たまったもんじゃないね!」
笑い飛ばしてくれる。
「それから、先生とゲームした。先生、アメコミのヒーローに憧れてたんだって!」
身近な人の意外な話を。
「意外だ! あの人は十分ヒーローだからね」
俺が今日好きに分類できるようになった人を肯定してくれる。
くだらない些細なことも、褒めてくれるし、何より聞きたがってくれる。興味は愛のひとつの形なのだ。
「だよね! 一緒にゲームして、山本先生のことを俺はすっごい信頼したくなった!」
ただの生徒にしか過ぎない俺の趣味に歩み寄ってみてくれた。好きになってくれたのは結果で、まず一歩踏み出してくれるのすら嬉しい。
「意外とね、いるんだよあぁいう先生。ただ、ちょっと会いにいく方法が変わってて、だからみんな会えない。教育実習生の先生とか、かなり親身だろ?」
言われてみればそうだ。教育実習生の先生とかは、子供のためのヒーローを目指している。それが、目的を削ぎ落として普通の先生になるのだ。
最後まで目指す人は、それに見合った職業を選ぶ必要がある。スクールカウンセラーや養護教諭。目指す先は様々だけど、そんな先生たちに会う前に俺は先生に絶望してしまった。
「俺は恵まれてるなぁ……」
でもそんな先生に母が会わせてくれた。だからそう思えたのだ。
「ゆーきがそう思うから、ゆーきは恵まれてるんだ!」
その言葉に俺は啓蒙を受けた。
我思う故に我在りだ……。自分の感情を否定する必要はない。誰かと比べて自分は恵まれている。そう思えたとして、自分の苦しさを否定するのは辛いことだ。
その人と比べて自分が恵まれていたとしてもきっと、自分の苦しさを否定していい理由にはならないのだろう。
ただ、まぁ……。
「真理だね!」
俺は恵まれている。おっかなびっくりで挑戦をするから、失敗をする。でも俺には、ぐらついた勇み足を支えてくれる人がいるのだ。母が、先生が。
父は隣でおっかなびっくりな隣人だろうか……。
「お? そうか?」
でも、父だって俺を支えてくれている。隣で一緒になって勇み足をしてくれるから、失敗談は共有できるだろう。その時はきっと、二人で笑えるはずだ。
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