第36話・超越者の偽善
今でも田舎へいけばこのような自然は残っているのだろう。だけど、都会に暮らす俺たちにとってはあまりリアルではない。
この世界の森は深く、だからこそ開放感にあふれているのだ。
「この開放感です! あぁ、大自然よ! 鳥の声よ!」
だからかもしれない、俺たちがゲームを好きになるのは。
あるいは、ゲームを売るためにこの自然があるのかもしれない。
「いいですよね! 自然!」
きっとシミュレーションの結果だ。どれほどの精巧なシミュレーションの結果にこれほどリアルな自然があるのだろう。
それとも職人の手によって作られたのだろうか。それが本物か区別もつかないほど。
「しかしアレですね。このゲームの開発者の方々は欲求の階層が高い!」
ふと、先生はそのようなことを言い出した。
「え?」
訳も分からず聞き返した俺に、先生は教えてくれた。
「マズローの五階層欲求と言いますが、六つ目の階層があるのですよ。きっと、人間の利益主義が暴走した時に現れる最後の階層、満たされない人への福音であると私は考えます。自己超越の欲求……」
先生は公認心理士の資格を持っていて、それは少なからず心理学である。様々な学者たちが残した説を学び、深い研鑽の果にたどり着く大して給料の良くない仕事。カウンセラー……。
それは、本質的に奉仕精神の仕事なのだろうか。
「自己……超越……」
それは、読んで字のごとくだ。自己を超越して、見知らぬ誰かにすら幸福が訪れることを祈る欲求である。俺にはまだ眩しすぎてよく見えなくて、だから怖い……。
「私は、このゲームがそんなゲームであると感じました。没頭させるだけではなく、学ばせてくれる……。さて、クロくん、閑話休題です。教えてください、あなたのおすすめのスキル!」
怖いからつい拒絶反応を起こしてしまいそうになる。だけどそうだ、本当はいい子ちゃんになりたい。ただ自分の考えるいい子と、押し付けられるいい子のギャップに戸惑うだけだ。
「じゃあ……そうですね、まずはおすすめはサブミッション体系です! スケーリングスキルと言いまして、序盤は弱いスキルですが、基礎スキルの体術と連動して強化されます!」
このゲームのスキルは多様だ。
†アリス†:今日はその人と?
卍最強ドリル卍:妬けるじゃんw
ダスクえっち:今日はグラップラーか!
ฅにゃん皇帝ฅ:†クロ†ちゃん、なんでも知ってる感w
「なんでもは知りませんよ! あ、そうだ。Lv10に到達するとAIがビルド提案をしてくれます。これ、割とその人に適してるんです! だから、無視せずにそこに自分の理想を重ねてみてください!」
先生はブツブツと声に出して、スキルの説明を読んでいる。時折“なるほど”や“これですこれです”と聞こえてくる。……ちょっと怖い。
ダメじゃん寿司ズ:ダメじゃん、俺Lv11じゃん!
ハニー・シルバームーン:あげちゃったああああああ! AI完全に無視しちゃったああああああああ!
プレイヤーたちのレベリングは俺の想定以上に早くて、もうレベル10を超えるプレイヤーがちらほらと出てきていた。
やってしまった……。
「ごめんなさい! 言うの遅れましたァ!!! 死ぬとレベルを下げられるので、それでなんとか……。あるいは、まだまだ修正が効くかもしれません! それに多分リビルドチケットもそのうち配布されます!」
最初にやっていた放送のキャラクターはもう吹き飛んでしまった。ずっと敬語を使っている。
でも、これはこれで悪くない気がする。礼儀正しい人には、好感が持てる人が多い。アザレアさんのように上級者だと、敬語を使わなくても敬意を示せる。でも俺は初心者だから形から入ろう。
「だいたい理解しましたよ! サブミッション体系はアレです! 私の求めたものです!」
対エネミー用の関節技をその場で思いつかせてくれるのがこのスキル。その思いつきが、体術のスキルレベルで強化されるのだ。エネミーと取っ組み合いをするには絶対必要なスキルである。
「よかった、じゃあ早速使ってみましょう!」
そう言って俺は敵の探索を始める。
とワイ、ライト:出た、ストーカーばりの痕跡追跡!
卍最強ドリル卍:アレ、マジでエンカウントできるんよね!
Seven:マジで参考になるやつ……。
シュバルツカッツェ:これ人間も追跡できたりして。
「追跡できますよ?」
当たり前である。人間には人間の痕跡があるのだ。例えば靴、溝を掘ることでグリップを良くしている。
また、人間の痕跡は刃物の使用痕跡などもある。枝を切りながら歩いたりするのだ。ただ、隠す気があると俺には追跡できない。
「ふむふむ、本当に猟師さん達みたいな技術が使えるのですね!」
この世界ならどんなもんだ。先生にだって知識で負けない。
でも、そうなるために、いろいろと調べたものだ。
「あ、キャップさん。ちょっと声落として……。アイン・ホルンが逃げちゃいます……」
本当に、自己超越を目指したゲームなのかもしれない。
「分かりました……」
それから俺と先生は息を潜めて、大きな声は出さないようにしてアイン・ホルンを探索する。やはり視聴者と雑談しながらだ。
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