第34話・脳筋先生

 何もかもがちょうど良く、ナイスタイミングで始まる。ウニーカ・レーテには利用頻度が非常に低い機能がある。プレイヤー間メールだ。今やチャットが基本であり、メールはシステムメッセージばかりが届く。

 だが、その日だけはプレイヤーから届いた。


『拝啓、悠希くんへ。先生は今、アイン・ブルクへ向かっています。悠希くんの動画は非常に参考になったとともに驚いています。こんなにもリアリティのあるゲームで、なのにしっかり現実と前提が違う。現実逃避しつつも、現実の価値観に引き戻してくれる要素もある。素晴らしいゲームだと感じました。ところで、先生はアメコミのヒーローにあこがれがあったのです。なので、ムキムキになりたい。街につきましたら、是非そのようなやり方を配信などを交えて教えてください。敬具』


 手紙だ……。完全に手紙だこれ……。

 思っていたよりも先生は古い価値観も自分の中に維持している。拝啓で始まって敬具で終わるなんて、いつの手紙だろうか……。


 とはいえ、古いばかりの価値観ではない。残した動画を見たり、ゲームの機能を理解したり、先生は古い価値観と新しい価値観を両方持っている。

 街を出てみよう。先生を迎えにいけるかもしれない。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 町を出ると、アメコミヒーロー走りをしている先生が門の前に迫っていた。


「貴様止まれ!」

「容赦せんぞ!」


 門番のNPCたちが槍を構えて先生に向ける。


「申し訳ございませんでした! 私、開放感に浸っておりまして! ついついはしゃいでしまい、走って近づけば威圧してしまうことを失念しておりました! つきましては、町に入る審査の宝珠に触れさせていただきたく!」


 先生は門番たちの前で急停止すると、ペコリと90度、綺麗なお辞儀をしたのである。


「あ、はい。自然の少ない地方からいらっしゃったのですか? こちらも急に槍を向けて申し訳ない。どうぞ、こちら宝珠です」


 彼らもこの町の公務員である。礼儀正しく接すると、急に礼儀正しくなるのだ。そこらへんは日本の警官とあまり変わりがない。


「おぉ……これまた美しい。では、失礼をいたします」


 先生はそう言って、宝珠に触れる。この宝珠は、オブジェクトIDを検知し、それに有害タグが付属していないかを確認するものと俺は予想している。

 オブジェクトクラスの下位にキャラクタークラスが存在し、さらにプレイヤークラスが存在する。そんなふうなプログラム構造を妄想している。

 そう、俺はゲームがどんな風にできているのか考えるのは割りと好きなのだ。


「青ですね! 街へどうぞ!」


 そして、街の中で犯罪を犯すのは原理的に難しい世界。犯罪履歴がないのであれば、すぐに通れる。


「ありがとうございます。お勤め、ご苦労様です」


 ……なんだろう、ここまで礼儀正しくしたことなんてないぞ。

 先生は町に入るとすぐに俺に気づいた。


「あぁ! クロくんですね! 私の間違いでなければ、昼間一緒に勉強をした……」


 ネットリテラシーもちゃんとあるぞこの先生……。

 メールやウィスパーチャットは秘匿性を持つ。だからリアルの名前を出しても問題ないのであるが、直接話す場合は別だ。周囲に聞こえている。


「ですです……ってデカ!」


 先生のアバターは、大きかった。ガタイも良かった。アメコミヒーローに憧れるなら、この体格には納得がいく。


「ふふふ……この大きな体に、筋肉を詰め込むのですよ!」


 先生は胸を張って言う。割りとゲームを楽しんでくれそうで良かった。


「先生、筋力の体格反映率はちゃんと調整してますか?」


 その反映率を調整しないとムキムキキャラは作れないのだ。ただ、終盤プレイヤーが反映率を100%にしていると、それはそれで問題になる。だから、しっかり反映率を調整して程よいムキムキを目指すべきなのだ。マッソー田から聞いた。


「そのようなステータスが?」


 そういえば放送でいじってなかった。


「はい、ステータスを開いて……この項目です。つまみを、ぐいっと!」


 俺は自分の反映率を100にするが、ほとんど変わらない。筋力5あたりまでは反映率100でもモヤシなのだ。


「なるほど、やってみます!」


 先生もそれに倣って、反映率を100%にした。

 すると、先生の体から蒸気が吹き出して、ムキムキになったのだ。


「せ……先生!? 30筋力スタートですか!?」


 30は割りとちゃんとムキムキである。30Pスタート、レベルアップごとに得られるポイントが第二位の安定択である。振り分け先が筋力である場合、筋力によるダメージ耐性でアイン・ホルンのダメージを無効化できるのだ。

 筋力が必要なビルドを組むならこれがいいだろう。

 指数関数の次に総獲得ポイントの多い択である。


「はい、ムキムキになりたいですから! しかし、見てください! はち切れんばかりの大胸筋! 盛り上がる上腕二等筋! 太ももなんて、クロくんの胴回りほどありますよ!」


 そして、一気にムキムキになった体にご満悦の先生であった。

 既にアメコミヒーローの風格がある。ゲームアバターの歯はこれでもかと真っ白なのだ。


「ちなみに、どんな風に戦いたいですか?」


 先生にあったビルドも知っているかも知れない。

 いくつかスキルをとって、AIにビルド傾向を学習させればスキルやステータス提案が始まる。プレイヤーが受けられるヒヒザクラの唯一の恩恵だ。


「私は、殴りたい! 蹴りたい! 己の体で戦いたいです!」


 グラップラー系。いくつか基礎スキルで有用なものを知っている。グラップラーの真骨頂は行動阻害タンクか火力職だ。

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