第33話・日緋の桜

「あの、もう一個聞いていいですか? NPCと言う言葉はあなたたちは知ってますか?」


 質問攻めをしてしまって本当に申し訳ないのだが、知らなければほかのNPCに失礼をするかもしれない。

 そりゃ、相手はNPCだ。だからといって、対人関係初心者の俺には手を抜くことができない。本番の、本当の人間に対して失礼をしないように備えておく必要がある。


「いいのだ。そうして、互を知ることで互を尊重できるようになる。さて、NPC族についてか。予言……ヒヒザクラ様が言うには、プレイヤ族以外ということになる。そして、この言葉をかけてくる相手は大概プレイヤ族であると」


 だいたいの理解ができた。無知ゆえに起きてしまいそうな失礼には、対策が打たれている。ただ、悪意にはきっと悪意が返されるのだろう。


「聞いていいのかは分からん。だが、許されるなら、私にお前の荷をあずけてくれないだろうか?」


 アザレアさんはNPCだ、だからこそ話してもいいのではないだろうか。

 この世界のNPCたちの人格が歪んでしまわないように調整する中央AI、ヒヒザクラを信用して。


「父が不器用すぎたってだけのどこにでもある話です。最近わかったのですが、父は俺を愛していました。だけど、試練ばっかり与えられるもので、愛されているって思えなかった。それだけです」


 そんな言い方でないと伝わらないと思った。前提が違う世界に来たのだ、勉強がどうのと言っても伝わらないだろう。


「それは、さぞ辛かったのだと私には想像しかできない。私たちはそうなる前に、最高神による助言を得られてしまう。ただ、断言しよう。私が、その状況に置かれたのであれば、きっと泣き出す。でも、それ以上は想像すらできない。きっと私の人格はその状況を生きられないということだろう」


 この世界の人は前提が違う。そもそも、その脳は人間ですらない。量子コンピューターヒヒザクラに演算を肩代わりされた、シミュレーション結果の人格だ。

 だから、人間では考えられないほどのデータを保有し、そして超高速の演算を行うことができる。俺の人生は、俺が考えているよりずっと過酷だったのかもしれない。


「でも今は、父とも向き合おうって。俺、この世界でたくさんの出会いがありました。ここに来て良かった」


 そう、心から思える。だって、そうじゃなければきっかけなんてどこにもないのだ。

 何かをダメなものにするのは簡単だ。だけど、何かを役立つものにするのは難しい。どちらが有意義かと言うと後者なのに。


「君は、偉大だ。ところで、君がいない間私は考えたんだ。どうだろう、君さえよければこれを使わないか?」


 アザレアさんはそう言って俺に一本のダガーを差し出した。予定変更に次ぐ予定変更で、本来だったら真っ先に買うつもりだったダガー。それがなんの因果か巡り巡って、俺に向けて差し出されている。


「壊してしまうとは思わなかったんですか?」


 だって、俺はファーマメイジと共闘しているのだ。一日で耐久値を削りきってしまう可能性だって十分ある。


「それならそれでいいさ。ただ、それはプロフィス。メンターにしてくれないのだから、受け取ってくれないだろうか?」


 丁度武器は欲しかったのだ。

 この世界で、名前を付けられた武器は壊れたとしてもその名前と性能を次の武器に継承できる。


「分かりました。きっとその名前の大鎌を携えて、いつかテロス・タクシドに行きます!」


 その名前の意味も知らないまま、俺はそれを受け取ってしまった。


「それは光栄だな、きっと君を守ってくれるさ」


 知っていればきっと固辞しただろう。この重すぎる武器を、絶対に受け取りはしなかったはずだ。


「……また、会えますよね?」


 なんだか、今生の別れのような雰囲気になって、俺は不安に疑問を載せて投げた。


「うむ! いつまでいることになるんだか……。そろそろメンティーを捕まえたい!」


 そりゃそうである、だって最初目が死んでいたから。


「良かった……。そもそも別れてもテロス・タクシドに向かうんですよね?」


 そこは旅人の最後の地、人類の絶対防衛ライン。そこを越えると、魔境と呼ばれる死の異界が広がっているのだ。


「うむ!」


 アザレアさんは自信満々に答えるもので、俺はすっかりおかしくなってしまった。


「今生の別れみたいになるから、不安になっちゃいましたよ……」


 ただ、この世界のNPCは死ぬ。エネミーに敗北し、レベルを失ってスキルを失って、最後には手癖に殺される。それすらもこの世界はシミュレーションしている。

 この世界のデスペナルティは、レベル減少だ。そして、レベル1で死んでもキャラクターが削除されないのはチュートリアルエリアだけ。


「すまない、そんなつもりはなかった……」


 アザレアさんは申し訳なさそうな顔をして笑った。

 アザレアさんは最大レベルになるたびにきっとこうしているのだろう。彼女の自信から、それが伺えた。

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