第32話・母なる

「おぉぉおおおお! 理数がほぼ満点じゃないか! ん? ……ゆーき、これ正解できたのか?」


 社会科分野や国語はひどいものだった。だけど母は、そんなことは気にしない。すごい成果を見たら褒める、性格そのものも褒める、存在そのものを愛してくれる。

 こんなにも愛してもらっていいのだろうかと思えるほどの愛情をくれる。


「うん! ゲームの机上検証に使った数式だった!」


 机上検証と呼んでいるのは、ダメージ計算式の割り出しだ。その時に見つかった数式や、方程式の解き方が数学の問題として出てきたのだ。


「うちの子……やべぇ……」


 ウニーカ・レーテには実は乱数は存在していない。ダメージがブレる場合や、取れる素材に関しても変数が作用している。

 ゲーム内生態系に関してのシミュレーションに使われている数式は、今探しているところだ。ウニーカ・レーテ内であれば、ラプラスの悪魔になれると思うのだ。

 世界で作用するすべての数式を把握し、見える範囲の情報からでも広い情報を入手できるはずである。それは、最高効率のプレイへの道筋なのだ。ガチ勢にとってロマンしかない。


「どんなもんよ!?」


 なんて胸を張ってみたのが運の尽きだった。


「すごいぞ!! 将来は科学者か!? 数学者の可能性もあるなぁ!」


 なんて、もみくちゃにされてしまったのだ。

 割りと科学物理学が通用してしまうゲームだったからこれができた。そして、押し付けがましくこちらにそれを投げかけてくるでもなく、それはただの没入感要素として存在したのだ。紐解きたくなる、ゲーマーの習性を利用して、奴らは俺を学びの道に戻してくれた。


「わぷっ! ちょちょっ、褒めすぎじゃない!?」


 抱きしめられ、なでくりまわされるのは、気持ちいい。とはいえこれはあれだ。ワンこを褒めてる時のやつだ……。


「褒めすぎじゃなーい! 褒めたりないくらいだ!」


 そう言いながら、母は、もっと撫でる。悪い気分ではない。

 でもなんだろうか、紙の上の勉強もまぁ、楽しかった。知識試しゲーム。母に言われるまま染み付けたゲーム脳は、今は俺の支えなんだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 猫可愛がりならぬ犬可愛がり。でも、ちゃんと言葉と尊重があって、だからただのオーバーな愛情表現であるとこの肉体が受け止める。

 武器は明日できる。それまでは、ウニーカ・レーテで戦闘はできない。

 即時購入できる武器はあるけど、その分のお金も吹き飛んでしまった。今の俺は一文無しだ。


 だが、できることが無数にあるのがウニーカ・レーテ。なんと、あの世界では、その気になれば考古学ができる。それに、NPCたちも魂があると疑わんばかりの返答をする。プレイヤーの手には、無限の自由が握られている。

 たまには、雑談をしよう。NPCや、プレイヤーたちと。

 そんなわけで訪れた、冒険者ギルドには相変わらずアザレアさんがいた。……大変だ、目が死んでいる。


「さっきぶりです、アザレアさん!」


 見てもいられず、俺は真っ先に声をかけた。


「あぁ、クロ! クロではないか! 用事か?」


 この世界に単一種族のみで構成される民族はない。皆、生まれた時は人間で、レベル10到達時に、自分や民族の需要に応じて種族を選択する。


「用事ってほどのことでもないんですが……いろいろ聞きたくて。よければ、あなた達に予言をくれたという神様について聞きたいです!」


 だから、誰がどの民族であるかなどわからないし、わからない以上、差別も不可能。ある意味、とても理想的な世界になっている。


「あぁ、最高神ヒヒザクラ様だな! この最高神だけは、どこの国でも変わらない」


 なるほど、宗教戦争も起こらないわけだ。ゲームの世界で宗教戦争に巻き込まれるなんて、真っ平御免だが起こらない理由もちゃんと用意されていた。


「なんというか……ゴジロさん的な響きを感じますね」


 なんだか、NPCの名前にそんなのが生まれた原因がここにある気がするのだ。


「ヤマト名と言ってな。誰相手に名乗っても差別を受けない名前として皆持つのだ。私はハナエと言う」


 全員が日本人的な名前を持っているとは……。しかし、きっとヒヒザクラにちなんだ名前だろう。


「その、ヒヒザクラ様はどんな神様なのですか?」


 少し尋問のようになってしまうが仕方がない。相手を知るには知識が必要だ。


「私たちの心の中に常にいる。邪な心に染まりそうな時、辛い時、苦しい時、励ましの言葉で導いてくれる存在だ」


 爆発的に予言が広がるわけだ。

 これは俺の推測だ。だけどきっと、ヒヒザクラはAI制御用の量子コンピューターである気がする。

 日本の技術開発のとっかかりとして、ゲームで試用運転がなされているのだ。


「あの、失礼だったら申し訳ないんですけど両親のようですね!」


 そんな、優しさを感じる。


「第二の母の異名を持ってるからな! だから、全く失礼じゃないぞ!」


 この世界の人には母が二人いて、全知にほど近いヒヒザクラが二人目の母だ。

 だから、人格が歪む可能性などどこにもない世界なのだろう。

 現実もそのようになればと思う反面、人の仕事が奪われる可能性も感じて薄ら寒く思った。


 あるいは、そのヒヒザクラも開発チームの一員である可能性がある。

 チャットボットに始まり、AI技術は無限に進歩を続ける。ヒヒザクラが社会で運用され始めたとき、果たして人の仕事は残っているのだろうか……。

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