第31話・回帰の英雄譚
「これは思ってたより教えることが少ないです……。理数に関しては、このままでいい気がします。
割りと俺、やれていた。目の前でどんどんマルが書かれていくテストには快感すら覚えた。なんだ、勉強だって楽しいじゃないか。
「心当たりといえば……ゲームですかね? 検証のために、いろんな数式や化学物質を調べてはこねくり回していました」
検証までやるなら、どうしてもそれが必要になる。ガチ勢には数学と理科が必要な、ちょっとおかしなゲームだ。
「それ面白いんですか!?」
山本先生はそんなに勉強的な要素が多いゲームのおもしろさに疑念を抱いていた。
「面白いですよ! 検証までやらなければ、数学は必要ないですし。ただ、検証を始めると、割りと物理学と数学……」
そう、どうやって楽しむかだ。深く楽しもうと思えば思うほどこのゲームは知識を求めさせるようにできている。あるいは、俺みたいな人間のためのゲームかも知れない。学校を中退してしまう人のほんの一部があわよくば学問の道に戻ればいい。そんな風に考えた開発者たちの思惑に、俺はハマったのかもしれない。
「……ちょっとプレイしてみましょうか。悠希くん、先生に最初やったら大変な目にあってしまうことを教えてください」
現在の大人世代でも生まれた時にゲーム機があった。だから、G世代とでも言おうか……。そんな時代だ。
「うーん……あ、最初のポイントを全部成長能力に振り分けることです。1キャラクター目からそれやっちゃうと、ものすごい苦労します」
チュートリアルのDIEジェストが頭の中で思い起こされて、ちょっと遠い目をしてしまった。
「悠希くん、それやっちゃいました?」
俺は多分、表情に出やすいタイプなのだろう。山本先生にはバレバレだ。
「やっちゃいました……」
とはいえ、それを知らなくてやったわけではない。序盤の強さを捨てて、中盤から終盤に爆発的に強くなるビルドを組んだのだ。
「先生、ゲームは初心者です。ゲーム内で出会ったら、悠希くんに先生になってもらいたいです」
そう言って、山本先生は柔らかく微笑む。
「本当にやるんですか!? 忙しいんじゃないですか?」
生徒の趣味を聞いて、それを自分で試してみようなんて考える先生はまずいない。だって、生徒を一人で何十人も見るのだ。そんなことをしていたら体が足りない……。
「やりますよ! カウンセリングルームに来てくれる生徒は少ないのです。先生、とっても暇です」
なんておちゃらけて言う。気を使ってくれているのかわからないし、駄目で元々でもいいからゲーム内で俺に連絡できる手段くらいは渡しておこう。
「えっと、@twinswordsで検索して、フレンドを送ってくれると……」
そうすればゲーム内にいるときにいつでも山本先生が俺にチャットを送れるはずだ。
「そしたら、教えてくれるんですね? 初心者ですから、質問をいっぱいしてしまうと思いますけど、いいですか?」
いや、この先生本気だ。こんな先生が実在するのだとびっくりしてしまう。
「も、もちろん!」
ただ、こんなに親身になってくれる先生だ。ゲームでは俺が教えられるようなことがたくさんある。楽しめるように全力を尽くそう。
駄目で元々とも考えておこう。言葉だけでも充分嬉しい。
「心強い! 今日はいっぱい私と話してくれてありがとうございます。次は授業をしに来ますね」
心強いとはこっちのセリフだ。こんなにも良くしてくれた、母以外の人は二人……いや三人目だ。今の父も良くしてくれた人に、そろそろ分類したい。
「楽しみにしてます! あ、母を呼びますね!」
俺はそう言って、勉強の間席を外していた母を呼びに立った。見送りのためだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
母と先生を見送たあと、不意に母はこんなことを言い出した。
「ゆーきは偉いよ……」
それは唐突で、全く意味がわからなかった。
「どういうこと?」
訊ね返せば、よりなぜその話になったかはわからなくなるばかり。
「男の子は難しいんだ。弱い自分を受け入れられないように、教育されてしまう。永和の時代なのに、未だ正和の男性観が残ってる……」
母は暇な時間を勉強に当てている。心理学だったり、別の何かだったり。
ともあれ、きっとこの話は、先生との勉強中に得た知識だろう。
「えっと?」
「例えば、山本先生みたいなカウンセラーを男の子が頼るのは難しいんだ。父や母から強くあれとばかり言われて育って、だから男の子は助けが必要でも、助けを拒んでしまう。そんなことが、あるみたいなんだ」
あぁ、話が繋がった。俺が偉いと褒められている理由は、しっかりと助けを受けたからなのだろう。
言われてみればなるほどと心に落ちる。だから山本先生は暇なのだろう。そう思うと、しょうもないことも大きな理由が裏にあるように思える。
「母さんが、弱さを受け入れさせてくれたからね」
でもまぁ、産みの母もきっとそうだ。そう在らせろと教えるだれかの流れを受けたのだろう。
無数の因果が絡まりあって、淀み固まって今になる。良い部分も悪い部分も全部含めて。
自己責任論は行き過ぎているのかもしれない。それは冷たすぎるのかもしれない。誰しもが、誰しもの責任を肩代わりする権利を持っているのかもしれない。将来は、肩代わりしてあげられる人になりたい。
「それはそれとして、テスト結果みせてくれないか?」
母に言われるまでもなく、そうするつもりだった。
「うん!」
見てもらうのだ。褒めてもらうのだ。
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