第29話・気さくなヤツら

 午前はゲーム、午後から来る先生との会話のためのリハーサルも期待している。

 ログインした場所はアイン・ブルクの街の中。俺たちプレイヤーが時折消えるということは、予言という形で知られており、それも含めて没入感になる。

 いや、本当にAIなのだろうか。魂実装済みではないのだろうか。ログインログアウトも、その現象を説明する要素が必要なこの世界の人たちは……。


「まぁ、誰も見てないかもだけど買い物とか、ボーナス割り振りとかやっていこうかなぁ……」


 平日の午前中に見ている人などいない、そう思っていた。


†アリス†:コメントしてもいい?


 ただ、そこには過剰萎縮してしまっているアリスさんがいた。

 でもそんな風に萎縮する気持ちも分かるのだ。要するに俺のように、自分に自身が持てない人は萎縮する。


「もちろん! 丁度寂しかったところです!」


 でも、アリスさんの存在はほかの視聴者さんよりリアルで、だからついつい敬語になってしまう。


†アリス†:ありがとう。


 今日も二人だけ。しばらく午前はこうなるかもしれない。でもそれはそれでいいと思う。勇気を出す練習になる気がする。


「とりあえず、昨日ドリルさんと狩ったファングボア分のお金が手元にあります。これを、武器に変えたいと思います!」


 とは言っても、アイン・ブルクの町並みもβと少し違う。βのままだったら迷わず武器屋に行けたのだけど……。

 そんな愚痴を言いながら、俺は冒険者ギルドを訪れた。


†アリス†:武器は何を買うの?


 アリスさんが放送を見ているとしたらここか宿だけど、萎縮している。会いに来ない。

 だけど代わりに、知り合いのNPCが居たのだ。


「やぁ! クロ! ここで会ったのもなにかの縁だ。これから予定は?」


 ちょっと欧米人的で、尚且つ、絶対寂しかっただろうという雰囲気だった。


「アザレアさん! ……もしかして、メンティーが見つかりませんか?」


 彼女が寂しがる理由などそんなものだろう。

 メンティーとは、メンターから教育を受ける冒険者を指す。カイザー級である彼女は、初心者にとってとても心強い存在であるはずだが、如何せん指数関数型ビルドとの出会いを期待している。


 プレイヤーでこれを選択するのは、よほど腕に自信のある人物のみだ。レベル16になるまで地獄なビルドである。ただ、最終的に取得できるステータスの総量は圧倒的。指数関数ビルドが得られるステータス総量はPVP大会の最低レベルである30時点で追いつき始め、そこからは独走状態になる。


「恥ずかしながらな……。だから暇だぞ」


 アザレアさんは少し寂しそうな顔をした。


「じゃあ、いい武器屋を紹介してください! アルベディット・クロニックル刃のスティレットが欲くて」


 アルベディット・クロニックルは酸化チタンコートされたチタンの刃に近い。少し割れやすいが、アシッドⅡにも強い耐性がある。


「防具はいらないのか?」


 アザレアさんは心配そうに訊ねるが、俺はそもそも防具は未来永劫使わないつもりだ。それに、アルベディット・クロニックル刃にも問題がある。


「予算が……。そもそも武器で足が出てしまう可能性が……」


 高価なのだ……。ファンタジーでも金の問題、非常に世知辛い……。


†アリス†:ドリルさんとの共闘用?


「ふむ、ファーマメイジとでも共闘しているのか?」


 びっくりして一瞬バカみたいな顔をしてしまった。まさか、NPCにまでこの呼び方をされているとは……。


「あっ……えと……はい」


 だから返事も必然慌てたものになってしまったが、アザレアさんは気にしないでくれた。


「ふふふ、羨ましいものだ。だがいいだろう。足りない分は私が貸そう。英雄の道でありながらめげずに冒険を続ける者への選別だ」


 最終的な強さは他の追随を許さないビルドである。だが、心が超折れやすいビルドだ。そのおかげだろうが、序盤少し優遇措置が発生している。


 でもこの世界の人が本当に人間と考えて、指数関数が育つと有意義だ。この没入感よ……。


「本当にいいんですか?」


 理由はあるとは言え、でも確認したくなるのがさがである。


「なに、はした金さ」


 ただ、カイザーである彼女には、俺の装備など安いものなのであった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 俺はアザレアさんに武器屋に連れてきてもらった。


「お!? お前さん、アザレアじゃねーか! いつもあんたの素材に助けられてる! で、なんだ? できることがあったら言ってくれやがれ!」


 店主は豪快な人で、それだけで説得力がありそうな髭を持っている。体型はずんぐりむっくり。ドワーフに進化した人だ。


「あぁ、英雄の道の若者を連れてきたんだ。アルベディット・クロニックル刃のスティレットを注文したい」


 アザレアさんに言われたドワーフはカウンターから出てきて、俺を値踏みするように見た。


「坊主、レベルは?」


 少しぶっきらぼうではある。だけど、悪意のある感じではなかった。


「4です!」


 俺が答えると、ドワーフは高らかに笑った。


「ウッハッハ! 大したモンだ! だが、正念場はここからだぞ! よし、いいのを打ってやろう! 金は将来倍でもってこい!」


 この世界の人たち、回収できない可能性とか考えないのだろうか。それとも恩義で縛って、うち何人かが高レベルになればいいとか考えているのだろうか。

 損をしたらどうするのだろう。


「いや、私が利息なしで貸すのだ!」

「いいや! 俺だ!!!」


 そんな言い合いが発生した。だけど、今持っている分でギリギリ払いきれてしまって、二人は微妙な顔をしていたのである。

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