第27話・少しづつ人生

 その後、挨拶を交わして父は部屋へと帰った。代わりに俺が部屋を出て、食卓へ向かう。いつものルーティンだ。こうすることで我が家はなんとか維持できていた。

 母がそうすると決めて、俺と父が従った。やはり独裁者なのは間違いない。


知則とものりと随分話してたな! すごいぞ! あんなに怖がってたのに!」


 それは事実で、怖がって嫌っていた。ちょっとした言葉に呼吸が止まってしまうほど。でも今は違うんだ。


「父さんが変わってくれたから……」


 それが大きい。ただ過去の父の罪については、どうするべきなのだろうか。

 断罪は受けるべきとも思えるし、今断罪を受けられてしまえば金銭的困窮に陥る気もする。いや……あの母だったら、どんな状態からでもなんとかしそうだ。

 ただ、その罪の証拠を母は挙げることができない。


「なんか難しいこと考えてないか?」


 母は、そんな俺に対して、敏かった。


「えっと……」


 考えるべき難しいことなど、そんなに多くない。


「父さんのことだな? 実は、待ってもらってるんだ。ゆーきが大人になってから示談金を払って収めてもらうってことになってる」


 でも、それをなんで言ってくれなかったのだろうか。そんなことを考えていると、母は言った。


「これはね、知則とものりの問題だから、ゆーきに言わなかったんだ。でも心配させたみたいだね。悪かったよ。確かに家の問題でもある」


 蚊帳の外に置かれるのは不安でいっぱいだ。言えば良かった。言ってもこの母だ、へこたれるわけも、怒るわけもなかったのだ。

 俺はなんだかんだまだまだ臆病だ。あれも怖い、これも怖いと、怖いものだらけ。


「いやいや、気遣ってくれたんでしょ? ありがとう!」


 そうだってわかれば、俺はお礼をする側だ。コミュニケーションは怖いが、重要だ。


「んじゃ、メシにすっぞ!」


 と言っても何かしらの果物一個。もう、別に食べなくてもいい気がしてきた。


「今日は何?」


 でも、そんな夕飯であるおかげで罪悪感がないのだ。


「めrrrrろん!」


 無駄に巻き舌の母に納得した。今日はご馳走だ。


「しかも! オレンジのやつ!」


 そう言いながら冷蔵庫から出してきたものだからもうびっくりだ。


「夕張だ!!」


 そう高いやつだ。目玉飛び出るくらいびっくりした。


「奮発しちまったぜ……でも富良野なんだよなぁ……」


 何をやんちゃ坊主のような顔をしているのだか……。


「アハハ。じゃあ、いただきます」

「おう、いただきます!」


 手を合わせて、そしてメロンを食べ始める。

 甘すぎてのどが渇くほどだ。本当にメロンという果物はどうなっているのだ。


「あっま!」


 という声は思わず漏れ出す。


「だな!」


 それに母も同意した。


「ところでさ、なんでこんなに豪華なの?」


 むしろ母には、俺は迷惑ばかりをかけている気がする。


「家族再出発記念だ。二年ぶりだからな!」


 ニッカリと笑う母には勢いも説得力も両方あった。


「でも大げさじゃない?」


 それはちょっと照れくさくて、俺はちょっと固辞してしまう。


「大げさなもんか! 家族の一大イベントだ!」


 どうしたってこれ以上は引き下がってもらえるはずもない。それに彼女は鉄人独裁者だ。


「照れくさいなぁ……」


 俺が言うと、母が水の入ったコップを掲げる。

 反射的に俺も掲げると、それはぶつかった。


「英雄の旅立ちに!」

「え!!??」


 照れて熱くなる顔を、少し長く切ってもらった前髪が隠してくれる。きっと赤くなっているはずだ。だから、こうしてもらって本当に助かった。

 前髪の中はまるでシェルターだ。


「いや……それは……流石に」


 ただ、どうあってもそれは大げさだ。

 母は俺を褒め殺したいのだ。勇者だの英雄だの、とはいえヒロインと言われたこともある。


「そうかぁ?」

「そうだよ!」


 そんな水掛け論が起こり……。


「「あはは!」」


 それを笑った。

 なんだかゆっくりと時間が流れる気がする。


「明日、学校に電話がつながる。多分先生が来るけどゆーきは大丈夫か?」


 とは言われてみたものの……。


「ダメかもわからない……」


 だいたい先生という生物は紙面上の僕しか見ていない。その無視が僕には怖いのだ。


「じゃあ、復帰はもう少し待とう……」


 これは……おそらく誤解があった。


「あの……直接話すのがってこと……」


 俺は、恐る恐る訂正を口にしてみる。


「なんだ、ンなことか! 怖くなったら部屋に逃げればいい。家に来るのが大丈夫なら、チャレンジだ!」


 別に俺もそこまでは怖くない。ミサイルでも持っているのなら別なのだが。


「うん! チャレンジしたい!」


 こうやって毎日少しづつ、生きていく。

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