第26話・叡智の盗賊

 ドリルさんとの放送、そして狩りを経験して、レベルが一つ上昇した。


 ここでようやく獲得ポイントがようやく、1から2になる。だが、俺の計算上、内部数値的にはまだ獲得しているボーナスポイントは1レベル当たり2に届いていない。これまでに得た小数点以下のボーナスポイントと、新たに獲得したそれが合わさって今回は2ポイント。だが、次はそもそも内部数値的にも得られるポイントは2を超えるはずだ。


 多分であるが、1レベル時に1ポイント、次が1.2ポイント、その後、レベルアップ時にもらえるポイントは前レベルで得たポイントの1.2倍なのだろう。ゆえに指数関数である。


 挨拶をして別れて、現実の自分の部屋に戻ったとき、時間は昨日と同じだった。

 狙ってそうしたのだ。で、扉の外に話しかけてみる。ためしに、である。


「父さん、居たりする?」


 面と向かっては怖いけど、扉越しになら話せる。そうして慣れたら今度は直接。

 きっと人間の能力も、指数関数のように伸びるのだ。だから最初は動かない能力グラフに悩んでしまうのだろう。


「ゆ!? 悠希?」


 運が良く父は丁度部屋の前にいたようだ。


「なんだ、いたんだ。お帰りなさい。お疲れ様です!」


 別に画材を催促したいわけでもない。だけど、継続は力なりと思っている。


「ありがとう。悠希、父さんな、画材を買えなかったんだ。店を回ろうとしたんだが、どこも閉店していた。すまない!」


 でも笑ってしまう。約束すっぽかして当たり前のあの父さんがだ、こんなことを言っている。約束なんてしていないと言い張る昔の父さんより、よっぽどかっこよくは見える。でも、可愛いのだ。父さんなのにだ。


「お店に行ったの!? 俺は通販で買うものとばっかり!」


 その発想が出ないほど、舞い上がったのだろうか。そんな風に妄想すると、なんと深い愛情なのだろうか。


「お……あんたは天才か!」


 今お前って言いそうになった気がする。驚いて、素が出たのだろう。でもだ、天才だのなんだの初めて言われたように思う。こんな言葉が続くならお前でもいい気がする。要は相互尊重の形から入るのがこの言葉遣いの目的だ。尊重があるなら、言葉は最終的になんでも良い。


「あはは、違うよ! 引きこもりだから、通販を重宝してるだけ」


 だから気づきやすい。他人とは自分とは異なる視点を持つ同種族。だからこそ、多分コミュニケーションに価値があるのだろう。

 違いを認め合い、尊重しあう。言葉では簡単そうだが、それはなんと難しいのだろうか。


「言うほど悠希はひきこもりか? ここ二日、テルとストレッチをしているようじゃないか?」


 言われてみれば、俺の引きこもりは改善傾向かも知れない。ちょっと嬉しい。


「そうかな? そうかも!」


 だから、声が弾んだのだ。


「そうだとも! 悠希は若い、俺と違って失敗を取り返すのが早い!」


 なんて、父はいうのだが、これは本当におかしなものだ。


「父さん、俺はさ、父さんが老成しているから、失敗した時にリカバリーが効くって思ってた」


 だって俺は、父さんが先に前に進んでるように感じたのだ。相互尊重が身についてきた今のこの家族だから起きた、非常に日本人らしいすれ違いであると感じた。


「お互いにそんなことを思ってたのか!?」


 なんて、心の底から驚いたような声が聞こえた。


「おかしいよね!」


 だから、俺は心の内容物をまっすぐに吐き出した。


「あぁ、全くだ!」


 扉越し、二人で笑い合う。ついこの間まで、恐れていた相手と。

 母が来て本当に良かったのだ。あれは、独裁する哲人。確か、プラトンの思索した自浄力回復の一手だったと記憶している。


 ただ、本当に希なことだ。母にはきっと私意もある、でもそれはきっと自分の影響力範囲内の最大多数の最大幸福を目指すものだ。その過程で、自分も甘い蜜を吸おうという考えだ。一種の哲人政治が、家庭内で実現したのだ。


「父さん、似たような人っているもんだね?」


 ふと、アリスさんのことを思い出した。


「どうした? 急に」


 そりゃ、急な話である。


「嫌われるのが怖い、だからうまく向き合えないって人とゲームの中で出会ったよ。それで、都合よくそこに仲介してくれる人がいたんだ。母さんみたいな」


 アリスさんは俺に似ているところがあって、ドリルさんは母さんに似ているところがあった。考えてみれば、あの瞬間はドリルさんの哲人政治が起こっていたと解釈できるかもしれない。

 ミクロを超えてマイクロ政治だ。


「……ゲームも侮れないんだな」


 母が言うに、使いようだ。


「ん?」


 俺は思わず聞き返して……。


「頭では、役に立てる理論は理解できた。でも、気持ちが追いついていかなくてな。父さんも未熟だ」


 俺だってそうだ。心のどこかで遊んでばかりでいいのかと思っていた。

 だけど、少なくとも今日、道徳の勉強ができたと思う。


「俺はもっとだよ……。だから、勉強しなきゃ」


 勉強の机を世界に広げよう。そこには無限とも思えるほどの、学ぶべきことが散らばっている。俺は、この生涯でそれをどれだけ獲得できるのだろう。

 そう考えたときに、急に勉強に魅力を感じ始めた。


「父さんもだ」


 違うのは意思だけ。これまで押し付けられていた知識は、自らの手で奪いに行く物へと変貌した。たったそれだけの差で、なぜこれほど違って見えるのか……。

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