第24話・感情学

「目覚めるって何ですか!?」


 意味のわからない言葉はちょくちょくある。でもなんだかんだ、この環境は楽しい。


「いやぁ、可愛い先生に教えてもらうのが、なんかこう……いいなって!」


 ドリルさんは言葉を選びながら言った。なんというか、確信だけ少しはぐらかされた気がしないでもない。でも、本心だということはわかる。


「その気持ちは……わかる気がしますねぇ!」


 だって、小中学校の時、可愛い先生の授業はちょっと楽しみになった。

 授業を受けながら、イラストを描くための観察までできる。非常に有意義な時間だ。

 ふと、違和感に気づいた。今、ドリルさんにいろいろと教えたのは俺である。

 時間差で、顔がボンっと熱くなるのを感じた。


「だからよろしくねー。可愛い、センセ!」


 そんな俺の顔を、ドリルさんはニヤニヤとした顔で見つめるのだ。


「ドSなんですか!?」


 今そんなことをされたら恥ずかしくなるに決まっているではないか。頼むから見ないでと、顔を逸らすしかなかった。


Seven:……アリだな!

闇を駆ける黄金の閃き:いやアリすぎて逆にナシ!

ダスクえっち:なんでしょうか、極めてこう、生命に対する祝福的な何かを感じます。

ฅにゃん皇帝ฅ:巨www匠www


 基本的に、ファング・イーヴァの探索は、ほんわかとした雰囲気で進んだ。

 ランダムエンカウントは、釣りのようなもの。出会えないときは、本当に出会えない。気の向くままに歩くモンスターと出会うのに作用している変数はあまりに多い。だから、乱数にすら見えてしまうのだ。

 本当は、乱数ではなくシミュレート結果なのに。

 ただ、そんな雰囲気はほんの少しだけ乱れた。


†アリス†:私が先に会ったのに……


 たったそれだけの、一つのコメントで。


「あ、そうだったんだ? でもさ、仲良くなれなかった理由って心当たりないん?」


 ドリルさんの言葉で、あとここにアリスさんのアバターがないことで俺は決心を決められた。


†アリス†:わからない……


 ちょっとばかり、向き合ってみよう。性格が悪いと思われて視聴者が離れても関係ない。この放送は、これまで秘匿してしまった情報の開示と、仲間内でのそれぞれの視点の共有が目的だ。アーカイブさえ残せれば、それでいいのだ。誰も見てくれなくても問題なんてない。

 残っていれば、それで情報を秘匿したわけではないと言い訳ができる。


「アリスさん、逃げてごめんなさい。でも、アリスさんは仲良くなりたい俺にじゃなくて、俺と仲良くなったNPCのアザレアさんに話しかけたんですよ……」


 外堀ばかり埋めて、肝心の俺自身には触れなかった。俺に興味があるなら、それを俺に直接ぶつけてほしい。

 それがほかのところにぶつけられて、俺は一旦それを悪意的に解釈してしまった。でもそれはあくまで、俺の感想。本当である証拠はどこにもない。

 だから、一度飲み込んで、向き合う過程で本当の気持ちを探っていこう。


†アリス†:あ、ごめんなさい……


 なんだ、割とわかってくれるじゃないか。じゃあ次からは、逃げるならぶつけてから逃げよう。多分、そっちのほうが確率が高いんだ。


「あ! なーる! アリスちゃん、割と嫌われるの怖いっしょ? んで、怖いから安全策取ろうとして失敗してるって感じする。違ったらごめん!」


 ドリルさんはそんな風に、アリスさんという人物像を朧げに作り上げた。

 そう聞くと、あすは我が身な気がして仕方がない。ここはゲームの世界だ。普段は家にひきこもるような人も、出てくる。俺がここにいるのだから間違いない。


†アリス†:うん、嫌われるの怖いよ……

ฅにゃん皇帝ฅ:そんなことがあったんだ。アリス、そういうの話して? あと、私の友達がごめんなさい。


 にゃんこさんはきっと悪い人じゃなくて、アリスさんもきっとそうなんだ。

 根が悪い人はもしかしたら存在しないのかもしれない。途中でねじ曲がった善悪を植えつけられたり、善くあろうとすることに限界を感じてしまったりするのかもしれない。

 これは思いつきで、真実はちょっと違うかも知れない。でも今は、そう受け取っておこう。


「俺も逃げてごめんなさい。改めて、次会うときはちゃんと話をしましょう!」


 お互いに、直接のコミュニケーションを避けてしまった。そして、緩衝材を求めてしまった。

 でも、今回は直接だ。お互いに後ろから支えてくれる人が居る状況で。

 すかっとする。誤解が解けて、向き合える気がした。


「ドリルちゃんマジお節介! ごめん!」


 どうやらドリルさんは姉御肌でもあるようだ。

 それがうざったく感じる人も多分いるのだろう。でも、今回はそれが大いに助けられた。

 人格については、基本的に良くも悪くも言える。臆病は慎重と言えるし、社交的は馴れ馴れしいと言える。

 その時の好感度によって善悪を振り分けてしまっているのかもしれない。


†アリス†:私は……助かったかな……


「俺も、すごく助かりました! ありがとうございます!」


 ただ、今回は問題解決に資することを言ってくれた。そのお節介にとても救われた。


「うへへー、照れるなぁ……」


 あっけらかんとしていて、すごく気持ちがいい人だ。こんな人、いるもんなんだと思った。

 ゲームのことは知っている。俺はそれだけ。

 でもこの人は、人を知っている。それがすごいことだと思う。

 俺は、見合うだけ資することができるだろうか……。

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