第20話・お節介ドリルお姉さん

 本当に他人の気持ちはよくわからないのだ。心を開ける場所を増やしてみようと、思った次の瞬間には逃げてしまいたくなるような事が起こったりする。アザレアさんの言葉が嬉しかっただけに、余計にアリスさんが心に響いた。


「……まずは開幕、バックステップで回避します」


 それでも本当は心の底で、誰かと繋がりたくて結局それが原因で人付き合い練習したい。

 でも、練習台は無くて、本番しか無くて。だから、練習なんて誰もいないところで独り言くらいしかなくて。


「……その後、飛び越えるように前転を起動し、背後をとって、殴る蹴るの暴行を加えましょう」


 面白いと思う言い回しで、人を笑わせたくて。


「……振り返るので、右ステップで躱します。理由は左より咄嗟にできるからです」


 あるいは断定的な言葉を使って、言葉の勢いで楽しんでもらいたくて。

 エンターテインメント、寂しいだけだ。

 何度も何度も死んだけど、勝てたというのはちゃんと今のビルドに対応する癖がついたということ。ボーナスは結局敏捷に振り分けた。


 逃げたくて、とりあえず……。足の速さが欲しかった。将来的にどうしても必要になるステータス。だから、いつ振り分けても関係ない。どっちにしろ、今の状態で武器は入手できないし、アイン・ホルンは殺せる。


 あと、うまく行った時は敏捷で僅かにダメージボーナスをたたき出せる。

 このゲームのダメージ計算システムは複雑だ。慣性もダメージに変換できる。計算式は多分、現実に近いのだろう。そこに、ステータスのアシストをかけてハッタリを効かせている。


 でも、森に入ればいつでもアイン・ホルンがいる。高いリアリティの中に、ちょっとづつ散りばめられたゲームとして面白くするための工夫。それが、俺を現実ら逃避させてくれる。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 アイン・ホルンは四匹狩れた。チュートリアル以外のアイン・ホルンはレベル4。このゲームで戦う時、相手は自分のレベルの二倍の範囲で考えるべき。だが、アイン・ホルンはそれでも圧倒的に弱い。次に狩る相手はもうちょっと大変だ。


 相手のレベルが自分の二倍であるとき、魂片を最も大きく相手から奪える。レベル2倍の相手をソロで五体。いつでもそれでレベルが上がるようにできている。

 レベルが上がれば相手とのレベル差も相手の強さも上がる。どんどん大変になるけど、スキルが揃えば俺はβ最前線のプレイヤーだった。だから、ある程度できてしまう。


『急にごめんね、何かあったのかなって……』


 あぁ、どうしよう。対人関係で今さっき嫌なことがあったばかりだ。なのに、個別のチャットが飛んできてしまった。

 フレンド登録もしていない相手から、チャットが来るとき、その相手は見える範囲にいる。そうして、視界内のプレイヤーを指定して個別チャット……ウィスパーを飛ばすのだ。


 だから、俺は少し目線をあげてあたりを見回した。

 一人の女性が木陰に座っていた。三つ編みの髪を首の横から垂らした、見るからに美人でお姉さんな雰囲気。なのに、着ている服は粗末な服だった。最初から防御力0の無料装備。きっと、俺が攻略情報を話す前にキャラクタークリエイトを終わらせてしまったのだろう。


 ただ、名前を見てびっくりした。『卍最強ドリル卍』。ウィスパーの送信者欄には、そう書いてあった。ずっと男性だと思っていたのだ。


『ドリルちゃん、木陰なう!』


 さらに混乱した。ドリル要素が見当たらない、女性でドリルと言ったらツインドリルなあの髪型だってアリだっただろう。それに、キャラが把握できない。

 でも、少なくともわかりやすい部分がある。この世界の死は、現実の生死とは関係ない。どっちにしろ、人付き合いは練習中だ。ダメだったら、また逃げればいいだろう。


「お、来てくれた!」


 あともう一つわかりやすい。俺に選択肢をくれる。

 ただ、思ったよりギャルぃなこの人……。リアルではギャルだったりするのだろうか……。


「お邪魔します」


 それだけ言って、腰を降ろすと、しばし沈黙。何かを喋ろうと思っても出てこない状態だった。


「楽しんでる?」


 だから、ドリルさんが会話を切り出してくれて助かったのだ。


「はい……」


 会話が終わってしまうような答え。だから再び切り出すのを考えるも、頭は真っ白だ。頑張るって決めたのに。


「勘違いだったらごめんけどさ……なんか、あったんじゃね? って思っちゃったんだわ。んで、話しかけた。ドリルちゃんマジお節介」


 あ、だいたい理解した。この外見で、中身は情に熱いタイプのギャルと思っていいだろう。いや、もうそうにしか見えない。そんな姿のドリルさんが幻視される。

 しかし、ゲームもサービス開始直後。視聴者さんたちだってこのあたりにまだいるはずで、こんな偶然もいつ起きてもおかしくない状態だろう。きっと、起こるべくして起こったのだろう。

 なんというか、リハビリしたい俺には好都合だ。


「た……大したことでは……」


 かと言って、急に話ができるようになるわけでも何でもない。俺は、さっきの俺の延長線にしかいない。


「ガチガチじゃん! まず、緊張ほぐそっか!」


 とは言ったもののドリルさんはどうするかという具体案を先に決めていたわけではないみたいだ。一度、顎に指を当てて考え始めた。

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