第18話・魂血

 昼食と一緒にこれからの俺自身の復帰について母と語った。

 母が思うに、話はオンラインゲーム、ウニーカ・レーテに移った時に言われたのだ。俺の良いところは、しっかりと人間同士のかかわり合いであることを認識しているところだと。


 それは普通のことだと思って口にすると、それを肯定された上で否定された。それは普通のことだけど、普通のことこそ難しいと。インターネットの向こうにはいつだって人がいる。だけど、それを通すと人だと忘れてしまうのかもしれない。


 だとしたら、それはとても難しいことになってしまう。インターネットの中でも人は人として発言をする。それを人であると思えないなら、いつか現実の人すら人と思えなくなってしまうかもしれない。


 そんな、気がする。母が来るまで、今の人間らしさはそれまでのどんな関わりからも感じられなかった。父には将来のために邁進するばかりの機械とされ、先生は成績表ばかりを参考に話す。


 ずっと言いたかったのだ。俺はここにいる。今ここにいる俺から目をそらして、未来、ましてや紙の上の俺に目を逸らさないでくれと……。


 ゲームの世界に戻った。ログアウトしたのは冒険者ギルドのテーブルに備え付けられた椅子の上。座ってログアウト。

 ログインすると、その椅子は変わらずそのままそこにあって、向かいの席でアザレアさんが食事をとっていた。


「プレイヤ族だったか?」


 ゲームなのに、この世界には種族以外にも民族の差がある。現実で黄色人種に中華民族と、モンゴル民族、大和民族などがあるようにだ。

 民族を分かつのは、多くの場合神話である。β時代、ただの設定でしかなかったその言葉は、今NPCの口から語られている。


「おわああああああああ!?」


 ただ、それはそれとして、俺は感動に浸る余裕などない。近い、絶望的に近いのだ。

 魂実装済みな一面しか出してくれないタイプ、非職員型NPC。冒険者アザレアが。

 それは、失礼を極めたその先にある反応だった。だが、驚き慌てふためき、そこにわずかばかり恐怖すら混じったのである。


「これでも一応さほど醜くないつもりなのだが、そうも叫ばれると悲しい」


 ダメだ、傷つけてしまった。

 待ってくれと、俺はジェスチャーをして、息を大きく吸って吐く。

 ここはゲームの中で、仕組み的に俺を痛めつけることはできない。それを心の中で何度も反芻して、意識に刻み込む。

 それが3回ほど終わったところで、俺は落ち着いて言葉を発することができるようになった。


「アザレアさん……は……美人……だと……思う」


 消え入るような小さな声だったと思う。だけどアザレアさんは食べる手を止めて、俺の声に全力で耳を傾けてくれた。


「美醜の基準は一緒か! なぜ、驚いたのかを教えてはもらえないだろうか?」


 次には心を開かされた。

 カラリとした笑顔で、少し気持ちが昂ぶった言い方。その直後、その声は優しく転じて、指は組まれ俺にすべてのリソースをくれたのだ。

 少なくとも、見てくれる人だと思った。少なくとも、今は真っ直ぐに俺のことを。

 きっとこの気持ちが俗に言うメンヘラなのだろう。長くインターネットに触れているせいで、すっかりと耳年増だ。


「えっと……その……近くて……。怖くなるんです、それが殴れる距離だと……」


 アザレアさんはそれを聞いて、一瞬は驚いた表情になった。だがそれは、次に怒った表情に変わり、それを無理やり優しさで覆い隠して次の言葉を口にした。


「ここは、アイン・ブルク。この街の中ではそのような不法行為は不可能だ。だから、安心して欲しい。それにだ、私自身、そのようなことには嫌悪感がある」


 そんな人だろうとは思っていたのだ。メンター登録だって、周辺の規則に違反すると手痛いしっぺ返しがある。詐欺に用いる手段としては、あまりにコストパフォーマンスが劣悪だ。どんなバカでも、これだけは使わないだろう。


「そうですね! アザレアさんには安心してみることにします!」


 この街の在り方が、そしてこの人の在り方が、そうしてみようと思わせてくれる。

 ここまでお膳立てされているのだ。まるで、俺のリハビリのための世界だ。あるいは、俺のような人のためかもしれない。


「すまない、だがそのように人懐っこい笑みはやめてほしい。君は、自分の美貌をよく理解すべきだ。その……心臓に毒だ」


 アザレアさんは少し理路整然と話す人だ。だけど、昔の父とは違い、理性と感情が直結している。理を話したあとには、どうやら感情がついてくるようだ。


「あ、そ、そうですか!?」


 いや、リアルの俺のことではない。というのに、俺は何を照れているのだろうか……。

 仕方がないだろう。こんなふうに、真正面から褒め言葉をくれるのはあの母だけだ。そんな母からの言葉でも、真正面からツッコミできないことを受け取ると照れるのだ。良くも悪くも他人のアザレアさんからであれば、それは余計に効く。

 NPCだろうが、コミュ障の俺だ。しっかりと効いてしまう。


「やはり君はメンターを得るべきだよ。今のところ思いつくのは、あのマッソー田言う青年くらいだが……」


 その言葉は、ほんの少し引っかかった。


「アザレアさんはダメなんですか?」


 別にアザレアさんを望んでいるわけではない。だが、こういったことを言う場合、大体は自分を含めると思ったのだ。


「良くない。数日のうちに君に魅了されかねない……」


 あぁ、本当に……。

 この世界のNPCは全然NPCの顔をしていない。本当に、皮膚の下に魂が流れているように感じる。

 でもまぁ、NPCなのだろう。彼女は善良すぎる。

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