第16話・産土β

「なんだ? クロ君、君の友か?」


 アザレアさんが訊ねたのは俺で、でも俺の口の中は乾ききっている。少し動かした拍子に、割れてしまいそうなほどだ。


「そうなんだ! 故郷が一緒でさ! ごめんよ、クロを借りちゃダメか?」


 こんなところでもタンクムーブだ。マッソー田はアザレアさんやアリスさんとの会話の間に割って入ってくれた。


 しかしコミュ強は怖い、すぐに情報を咀嚼して他人の名前を覚える。製品版での俺の名前†クロ†が既に認知されている。

 もしも俺が女だったら、ちょっと惚れるやつだろう。俺にはわかるのだ、話に聞いている。是非とも参考にしよう。


「私はいいが……」


 アザレアさんが受付嬢さんに視線を投げたところ、彼女は言った。


「登録に必要な書類はもらっているので、こちらも大丈夫ですよ! メンター登録は本人たちの相性も大切です。時間をとって、ゆっくり考えてください」


 とのことで、俺たちは一旦そこを離脱することができた。

 アザレアさんは、早速話し合いの時間を取ろうとしたが、受付嬢さんが引き止めてくれたのだ。“今は二人の時間を取ってもらう大事だ”と。

 これまで俺に牙を剥きまくってきた、魂実装済NPCだったが、今回ばかりは助かったのである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 冒険者ギルド受付広場は、飲食スペースもあって、多数の丸テーブルが備えられている。そしてなのだが、ありがたいことに登録後一週間は食事の代金が無料になる。


 この間にメンターを見つけ、その後はメンターにおごってもらうというのが、冒険者ギルドの一般的な流れだ。プレイヤー間でメンター登録がされることもあり、初心者が勝手に救済される。……きっと人見知り以外にはいいシステムなのだろう。


「マッソー田、どうやってチュートリアル突破した!?」


 俺はそれをいの一番に訪ねたかった。


「いいか? 指数関数のチュートリアル突破が一番楽なのは、盾だ! 最初のスキルはカウンターバッシュ。これがアイン・ホルン相手だと、頭に当たるんだ!」


 聞いててなるほどと納得してしまった。初期武器として0ポイント範囲で選べるのが片手武器の棍棒。それを巨大化させた、大棍棒。それから、盾と巨大化させた大盾。全部木製で、マッソー田は大盾を選んだようだ。それを装備しているおかげで俺はマッソー田のことを一目でわかった。


 カウンターバッシュは、攻撃判定を発生させている相手に対してのシールドバッシュにダメージボーナスを得るスキルである。そのボーナスと、弱点命中補正を合わせると、ダメージがしっかり通りそうに感じる。それで突破したのだろう。

 俺は頭を抱えた。


「最初だけ盾選べば良かった……」


 盾両手持ちで最初から運用する発想は、βで盾を持ったことのない俺には考えられなかったのだ。


「片手武器スキルを上げたかったんじゃないのか?」


 マッソー田の言葉通りの目標なら、選択は最適だった。ただ、俺が使いたいのは今回はスティレットではない。指数関数ビルドが供給してくれる膨大なボーナスポイントがあって始めて最強のダメージを出せる武器だ。それは、大鎌。


 他のすべての基礎武器スキルが補正を与えてくれない、ピーキーの極みな武器。ただ、技量と筋力が揃うと俺の計算上、スティレット二刀流を超えるダメージが出る。


「違うんだこれが……カローンを使いたいんだ……」


 そして、β時代確認できた大鎌で最も強かったのがカローン。カオス・デミゴッド・ドラゴン素材の大鎌だ。


「そりゃ、損した気分だな!」


 なんて、マッソー田が盛大に笑う。ひっぱたきたくなった。


「盾スキルそのまま使えていいよな……」


 とはいえ、コミュ障の俺は慣れたマッソー田相手でも行動に移せない。

 ちょっと憧れはあるのだ。男同士の友情、ド突きあいの仲良し。そんなものに……。


「でも、二回で突破して、ほぼ上がってないけどな!」


 基礎武器スキルが上昇すると、命中率のアシスタント性能とダメージが上昇する。


「初期武器で大鎌選ばせてくれよ……」


 だから、武器スキルを上げておきたかった。


「気にすんなよ! どうせ、環境が出来上がればお前の武器スキルはさっさと上がるから!」


 マッソー田はそう言って、ちょっと乱暴に肩を組んでくる。こいつめ、俺が遠慮してるのに、遠慮なしだ。

 でも、いいな。おかげで、男同士って感じだ。


「おっしゃる通りで……。で、どうする? マッソー田はこれから」


 せっかく合流したのだ。できれば一緒に行動したいところだが、俺はまだソロのほうがいいだろう。

 モンスターの視覚範囲は把握している。だから、一人だと不意打ちができる。


「まずは……メシ作ってくる」


 こいつめ、飯落ちってか……。それは、俺がさっきしたかったことだ。


「そんな時間か。俺も落ちるか……」


 でも、そろそろか。一旦落ちて、飯を食べよう。特に、あの母親が作ってくれるものを冷ますのは心が痛い。


「んじゃ、お先な!」

「おう、俺もすぐ落ちる」


 そんなやりとりのあと、マッソー田は落ちた。

 俺は、アイン・ホルンを冒険者ギルドに売りつけてからということにした。

 大した金にはならないけど、最初は仕方ないことである。

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