第15話・NPCお姉さんと再開汁
さておき、俺には避けられないコミュニケーションがあった。
「さ! 登録済ませちゃおう!」
そう、ギルド受付のNPCとのコミュニケーションである。
とは言っても、彼女らはβでは基本的に機械的な対応をしてくれていた。だから、実装されている魂はうっすらと感じる程度で済む……はずだった。
「は……はい……」
返事をして、アリスさんと二人でギルド受付に向かう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
近づいてみると、女性がちょうど受付にいたのである。
「アザレア様、確認が取れました。本日のご要件をお申し付けください」
その女性はアザレアといい、冒険者であるらしい。
赤紫色の髪をしている、珍しく戦士系の女性冒険者だ。
「あぁ、メンター登録を頼みたいと思っていてな。英雄の道を歩む者に、少しばかり助力ができればと思ったのだ。成長限界に達した、余剰の魂片を後進……特に英雄の道の若者に渡したいと考えている」
このゲームの経験値は、ゲーム内で明確に魂片と呼ばれている。それを得ることで、魂そのものを大きくすることによって力を増していく。没入感重視の命名だ。
そして、この殺人が不可能な街の中でも、決闘は可能だ。レベルが上限に達してしまったメンターは、余剰の魂片を託すために敗北時に魂片を渡すという条件で決闘をすることがある。レベリングだったらこれがこのゲームで最も効率がいい。
最大で1レベル分の魂片を賭けた試合ができるのである。もちろんその分レベルが低下するため、行ってくれるのはプレイヤーNPC問わず極少数である。β時代はこれが競りにかけられることが多かった。
「クロ君! ついてるよ!」
だがしかし、今はやめてくれ。絶対にやめてくれ。
アリスさんは喜んで俺に言ってくるのだが、そんなことを言ってしまったら……。
「ん?」
言わんこっちゃない……彼女が振り向いてしまった。
「あの……」
逃げたい、猛烈に逃げたいのだが、今はアリスさんに手を繋がれてしまっている。
「君は、英雄の道だったりするだろうか?」
逡巡している間に、アザレアさんに距離を詰められてしまった。
「その……」
サハラバームクーヘンパーティー再びである。誰か水をくれ。
「ごめんね……この子」
アリスさんはきっと俺のことを説明しようとしてくれたのだろう。
だが、アザレアさんはそれを手で制すと、目線を合わせてとても優しい声で言った。
「大丈夫だ。君の境遇は理解している。よく冒険者ギルドまで逃げてきた……」
あっ、これ指数関数NPCによくあるパターンの一つとして理解されてる……。
「君もよく保護してくれた。名を教えてくれないだろうか? 私はアザレア、アブレヘムからやってきたカイザー級冒険者だ」
なんでこんなところにいるのか今すぐ問いただしたい。
このゲームでは冒険者ランクは、爵位で例えられ、カイザーは例外たちが属するランクだ。王、公、候、伯、子、男、騎、平の8階級に収まらなければとりあえずカイザーである。
「あ、私はアリス! にゃん皇帝ちゃんのところのメンバーです!」
頼む、誰か俺を逃げさせてくれ。というかアリスさんは頼むから俺の手を離してくれ。
ダラダラと滴る冷や汗が、さらに渇きを助長する。
「アリスか、覚えた。何かあったら、私の名を出すといい」
いや、談笑してる場合じゃないのだ。頼む……。
「あ、それとこの子なんだけど、まだ登録前だから。登録させて!」
この状況は非常にきついぞ。人間ダメ、絶対が信条の俺にこうまで人付き合いをさせるとは……。死ぬ、死んでしまう。急性コミュニケーション中毒を起こしてしまう。
「いやすまない。受付嬢殿、彼の登録を」
登録をじゃないのだ。とりあえず一旦一人になれる時間をくれ。そうだ、昼食だ。メシ落ちを……。
「かしこまりました。アザレア様のご要件も並行で登録させていただきますね!」
しかも有能な受付嬢さんにあたってしまった。せめてシングルタスク受付嬢さんであれば、少しは時間を稼げただろう。
そんなことでおずおずとしていると、またアザレアさんは目線を合わせて言う。
「大丈夫。最初は大変かもしれないが、その時期を私が支えよう。君は私より強くなる。そういう星の下に生まれたのだ」
このゲーム内でシミュレートされた歴史が、本当に全力で悪い方向に作用している。
違うんだ、まったくもって違うんだ。俺は、二人に対して緊張しているのだ。冒険者稼業はそつなくこなせる。てか、アリスさんはそろそろノるのをやめてくれ。
「アザレア様が保証してらっしゃるので、尚更大丈夫ですよ! 何も心配いりませんからね! はい、こちらへ」
おい、魂出すな受付嬢。頼むから、事務的機械的受付嬢さんでいてくれ。
促され、背を押されて俺は登録を行った。
登録手続きは簡単で、水晶的なものに手をかざして、書類にサインすれば終わりだ。そのまま、アザレアさんが俺のメンターとして登録されそうになったところでようやく助けが入った。
「おま! クオンだろ!?」
人は人なのだが、よく見知った人。振り返った先にはマッソー田が居た。
「マッソー田! マッソー田じゃないか! しばらくだったな! 本当に!」
目から汁が溢れ出しまくったのである。
本当に困ったものだった。
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