第13話・冒険への帰還

 そろそろ、勉強もしなきゃ。それに関しては、俺はだいぶ遅れてるはずだ。

 という相談をしたのだが、明日から考えてくれるそうだ。一応は入学した高校、そこに連絡して、教材をもらってくれるらしい。

 本当にどこまでも協力的で、ありがたい。


 じゃあ、今日のところの僕のやるべきことは、遊ぶこと。明日に向けてゲーム脳をすり込むのがいいらしい。

 確かに、いいかもしれない。勉強に適応するのだ。そう、まるでゲームのように。

 一度は失敗したそれをもう一度やり直す。

 今日、勉強が再開できないのは、学校が休みの日という理由もあった。


「いきなりだけど、配信の時間だおらああああああああああ!」


 土曜日、リリースなのである。


†アリス†:絶望的に似合わないww


 突発的な配信だというのに、一人は来てくれた。なんとなく嬉しい。


 そもそも今日は、攻略配信としては大切なものになる予定はない。前回はある程度有用だと思う。指数関数型成長の初期スキルは、必ず火力関連を取得するべきという情報を残せた。


「中の人はバリバリに男なので、乱暴な言葉使いもあるもなのです!」


 そう、男の言葉遣いとは得てして乱暴だ。

 その本質を間違えているとは、すぐに指摘されたのに気づかずにいた。


†アリス†:可愛いw 男の子ぶっちゃって~!


 特に、俺の今のアバターだとそのように見える。外見は比較的女性的で、いやもっと言うと男の娘なのだ。理解はしている、だけどガッツリ男らしいデザインなど浮かばない。こんなことならもっと、早いうちに男も練習すればよかったのだ。


「ぶってるんじゃなくて、普通に男! いやでも、子は否定できないのか……未成年だし……」


 未成年である以上、子である。否定できないのは癪だが、仕方のないこと。

 それに多少の醜態はいいだろう。まだ午前中、ニートゲーマーは午後から朝方の参加だ。そのおかげで、二人きりである。

 そう、女と。


†アリス†:お、森抜けたね! すぐだ!


 チュートリアルエリアは、ちょっとした森だ。ただ、やっぱりゲームなんだなと思わせてくるような木の生え方をしている。

 それは、チュートリアルだからだ。なぜかもう二度と行けない場所、チュートリアルの森。


 他は、どこまでも没入できるガチ森林なのだ。

 開けた先には、どこまでも高い空と、光の柱を地に伸ばす太陽が待っている。そして、少し離れたところに大樹を中心とした城塞都市が見えた。


「アイン・ブルク……俺は、帰ってきた!」


 思わず叫びたくなるそんな開放感と郷愁。キラキラと輝く白い壁の城は、懐かしくてたまらなかった。

 マッソー田と出会った場所、魔術師も、僧侶もここで拾ったんだ。懐かしい、俺たちの旅が始まった場所。


「あれ? アリスさん?」


 気が付くと、彼女はコメントを返してくれなくなっていた。

 俺が喋るたびに、レスポンスをくれていたのにちょっと寂しい。

 でも、思わず駆け出したくなった。目の前の城に向かわずにいられない。

 気の向くまま、風の向くままに走り出して……そして……。


「おっそ……」


 ステータスの敏捷が1であることを思い出した。この世界、何をするにもスキルとステータスだ。基礎スキルと言って、人間の肉体が最初からできるようなことは、詳細ステータスで見ると、ちゃんと持っている。スキルレベル0の状態で。


 それで、ここがまた細かくて、短距離走と長距離走のスキルもある。それもまだレベル1に到達していない。短距離走が今レベル0.9くらいだ。怪我の功名、チュートリアルで死にまくったからである。


 一旦落ち着いて、今あるボーナスを振り分ける先を考える。レベル1から2はチュートリアルで上がる。得たボーナスは1。振り分け先候補は筋力、技量、敏捷の三種だ。


 初期の指数関数型の成長、世知辛いぜ……。


 敏捷に振りたい、心の底から真っ先に頭打ちになる敏捷に振りたいのだが、しばらく使いたい繋ぎの武器の装備ステータスために技量10、筋力5をさっさと満たしたい。

 悩んで悩んだ末、俺は筋力を第一候補に、ポイントを温存することにした。

 案外悩んでいたようで、気が付くと目の前にプレイヤーが居た。


「うわ!?」


 その距離の近いこと近いこと。俺は驚いて、後ろにぶっ倒れてしまった。


「あらら、ごめんね!」


 そう言って、その人は立って俺に手を差し伸べてくれた。


「え……えと……」


 口内砂漠再びである。


「あはは、本当に緊張しいなんだ? 私、アリスだよ!」


 きっと知り合いなんだから緊張しないだろうということなのだと思う。だけどである、女性プレイヤーなんてパーティーにいた僧侶と魔法使いの二人としか関わったことがない。俺は今、コミュニケーションリハビリ中なのだ。


「あ……あの……」


 だから、急激な女性との触れ合いはやめてほしい。同性ですら口内砂漠なのだ、異性はもっとである。

 もっと……だと思う。


「あ、どっちにしろってことなんだね? じゃあ、それ!」


 アリスさんは、俺の手を強引に取ると立ち上がらせる。

 この世界はやっぱりゲームで、体重などは筋力依存だ。


「うわ! 軽っ!」


 まだレベル2のプレイヤーだとしても筋力5はあるだろう。杖系の要求筋力だ。

 だから、俺のアバターの体重はアリスさんの半分以下として表現されてしまう。だから、その軽さに驚いたのだろう。

 俺は無理やり立ち上がらされて、そのまま手を引かれた。


「街へ行こう! 最初の武器くらい、面倒見てあげたくて待ち伏せしてたんだ!」


 本当に困った。これは、長い付き合いになってしまいそうである。

 結局人前だと、いつだって心臓は早鐘を打つのだ。恋だろうが、緊張だろうがそれは変わらないのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る