第10話・夜は貧民

「それにさ、ユーキは自分の気持ちをそのまま受け止めてるじゃん。それだって、かなりすごいんだ。自分の感情を見失っちゃう人は多いし、アタシだってたまにそうなる。勇者の常かねぇ、勇み足だ。ぐらついて当然、そんときに支えるのが親の役目さ」


 ふと気づいた、親と名乗られるたびに俺の胸はズキと痛むのだ。きっと、それは母と俺の間の一線なのだろう。その輪郭が鮮明になるから、痛むのだろう。

 あぁ、今更気づいた。恋か……。

 きっとそれは、思春期のどうしようもないリビドーが勘違いしただけなのだ。我ながら、なんと気持ち悪い感情なのだろうか。

 でも、助かった。おかげで、涙は止まった。


「そういうもの?」


 でも仕方がないのだと思う。彼女は女神のようなのだ。果てのない迷宮から、外に出る道を照らしてくれた。そんな女神のように俺には見えてる。


「あぁ、そういうものだ! アタシだってさ、最初父さんに言いすぎた。過剰制裁を下してしまった。そこには、やっかみがたっぷり含まれてたんだ。アタシは不妊で子供が産めない。そんなアタシの前に、子供を虐待している親が現れたって思って、子供を産めないって不満が爆発した。実際は、虐待なんて思ってなかったんだけどな。知則はね、必死なんだ。古い考えで育てられて、そこに日本の意識高い系が影響しちゃってさ……。結果、幸せなんて感じてる暇ないモンスターになっちゃったんだ。よくある、教育虐待の話だよ……」


 そう言う母さんも、自分の感情を正しく把握していた。自分の感情が歪んでいたって気づくのは、辛いことだと思う。自分が一気に嫌いになる。

 でも好きになれた。憧れた母が同じだって言ってくれて、気づいた俺を偉いって褒めてくれて。


「父さんって、そうだったんだ……」


 全員理由がある。親だって子供を愛せない時もある。愛しているのに伝えられない時もある。

 母さんの子供ができないって話は、きっと触れないほうがいいだろう。傷つけない触り方を俺はまだ知らない。……恋する資格すらきっと、最初からない。


「かと言って、そんなになるならガキ作んなって話だけどな。つか、アタシにくれ!」


 全くだと思う。それこそ親ガチャって話だと思う。だけど、変だ。ポコンと出てくるのは子供の方で、なのに親がガチャの景品扱いされているのはなかなかに滑稽だ。


「まぁ、選べるなら最初から母さんの子が良かったかな……」


 俺は母の方を見て笑った。真っ暗であまり母には見えなかっただろう。


「無理して笑うな! けっこー切実じゃねーか!」


 なのに、それを見抜かれてしまったのだ。だから余計に女神に見える。

 俺みたいな人間のことなんて全部お見通しな、ちょっと上位の存在。そんな風に見えて然るべきって思ってしまうのだ。


「あはは……バレた?」


 そうだ、切実にそう思う。

 でも変えられない。だから、今に満足する方法を探すしかないのだ。幸いにも、俺にはこの暴君継母がいる。だから、割とあっさり見つけられてしまいそうなのだ。


「毒だなぁ……その顔……」


 ふと、母は言う。


「へ?」


 思わず聞き返す。


「男には絶対見せんなよ! はぁ……息子が美少女だ……」


 帰ってきたのは、そんな超ド級のインパクトを持った言葉だった。


「あの、三秒で矛盾しないでくれない? 息子っていうのは男だよ!」


 だから息子は美少女足りえないのだと、俺は主張したい。


「メカクレ属性で? 不幸な過去持ってて? 笑うとクソ可愛くて? 美少女以外でなんだ!? ヒロインか!? お前はメインヒロインか!?」


 確かに、ちょーっと古いゲームに多いヒロイン属性だと思う。というか今だって、メインじゃなくてもそこそこ配置されている。


「ヒロインぶるなって言われたばっかなんだけどなぁ……」


 それは、ほんの数分前の言葉と矛盾していて、ついつい失笑してしまう。


「これは持論だ。勇者もたまにはヒロインになっていい!」


 なんて、母は豪語するのだ。まるで、それが世界の真理であるかのように強く。


「いいの!?」


 思わず俺は聞き返す。俺がたまに甘えた態度を取ってみようかって思うのは、きっとここからだったのだろう。


「あぁ、いつもスパダリな男が、たまーに弱みを見せると、女はコロっと行くものだ! 少女漫画の鉄則だ! それにな、人間は完全な一貫性を貫くなんて土台無理な話だ! だから、アタシはそれでいいって思う! あ、でもクズなところはダメだぞ。直さなきゃな!」


 確かに、この母のやらかしのおかげで俺は納得できている。自分を肯定できている。

 もしも、身近でスパダリの例を挙げろと言われれば、俺は母をあげる。性別以外は割とスパダリだと思うのだ。

 なら、本当にいいのかもしれない。たまには甘えて。たまには駄々をこねて。それが常態化してしまわないのであればいいだろう。


「わかった!」


 それも、母のやらかし話のおかげで納得できている。なるほど、これは説得力がある。きっと、これが深みなのだろう。

 でも、この母が本当に弱ってるところだなんて全然想像もつかない。


「さ、飯だ! 夜は……?」

「貧民!」


 ちょっと甘えて乗っかってみる。まずは形からだ。

 ノリと勢い、それからちょっと子供になった気でやってみる。失敗してもいいだろう。なにせ俺は、初心者だ。

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