第5話・口内砂漠

 ひと月ほどが経過して、ゲームは正式にリリースされた。


 絵は結局完成していない。やはり男の顔を描くのは不得意で、マッソー田を顔だけ男の娘にしてしまう。やはり、それではアンバランスだ。


 男の俺なのだ、女の顔が先に上達するのは仕方がないのだろう。

 緊張する……。だけどさぁ、行こうぜ。見落としが秘匿した情報を明かし、全員が最高効率ビルドを目指す。このゲームの環境一覧にまた名前を残せるかもしれない。


 フルダイブ用のヘッドギアを着け、ベッドに横たわってゲーム起動した。

 一瞬だけ感じる肉体を離れる様な不安な感覚。そして、バーチャルな肉体に精神が着地する。


 放送システムの起動コマンドは……。と、思っただけで、放送開始の同意ボタンが現れた。

 規約を読み込んだが、その一部がこうである“デフォルトキャラクターはあなたを元に作られています。個人情報を保護したい場合は髪型などを変更してから開始してください。”


 言われた通りにしようと思う。デフォルトキャラクターで必要なのは身長の情報だ。俺みたいに、ガチ勢じゃなければ関係ないのだが、身長を変更しすぎると、肉体の感覚にズレが生じる。フルダイブ特有の、技術的問題だ。


 もう一つ、肉体を構成するパーツである。特に外性器……。法的問題だ。後天的な性自認の歪みを生む可能性があるとかなんとか……。法なので仕方がない。

 もう一個だけ技術的問題は残っているが、低レベル時は関係ない。


 パーツカスタマイズが豊富すぎて、男だって可愛くなれる。ただ、俺の場合男の顔を描くのが苦手すぎて、女の子寄りになってしまう要素だ。俺だけピンポイントで問題である。

 キャラクタークリエイトは銀髪キャラにした。身長は162.8センチ。現実の身長のちょうど1.1倍で、問題の出ない身長の上限である。


 ある程度できて、放送開始ボタンを押した。


「てすてすー! 誰か居るか? いたら聞こえてるか?」


 居るか? だなんて愚かな問いだった。

 何せたくさんいたのだ。


シュバルツカッツェ:双剣が放送だと!?

seven:てっきり攻略情報なんか教えてくれないもんだと思ったよ……

闇を駆ける黄金の閃き:プロ専用機の中の人!!

卍最強ドリル卍:おおおおおお!! てか、声ショタぃ……


 変声期がどこかへ行ってしまった俺は、声は高いと思う。だがそれ以上に問題があるのだ。体が震える。


「ひっ! 人来すぎ……。こここ、コミュ障には荷がああぁぁぁ!」


 喉が、口が、サハラ砂漠だ。


ハニー・シルバームーン:緊張してる? 可愛い……

†アリス†:βの死神がこんなに可愛い!

ฅにゃん皇帝ฅ:イケナイ気分になってまいりましたァ!!


 独断と偏見によるとこの3人、女だ。

 女の子が俺を見ている、何とか格好をつけなくては。


「そ、双剣のょ」


 ダメでした。何もかもダメでした。噛んだし、手も震えてるし、口の中はサハラ砂漠でバームクーヘンパーティの後みたいだし。


シュバルツカッツェ:落ち着いていいぞ。ほらゆっくり深呼吸して?

†アリス†:焦らなくていいんだよ?いつまでも待つから!

ハニー・シルバームーン:まず目の前のことからやろっか。ほら、キャラクタークリエイト完成させるまで!


 俺の視聴者……優しい。

 感動で目の前の景色が少し歪む。状態異常、涙目。ゲーム始まってないのに、演算されてる……。


「キャラ……クリ……まってて!」


 視聴者の言う通りにすることにした。

 まずは、と言っても顔パーツを少し爛漫系のものに変え、髪型は現実より少し短くした。

 最後に声質をキャラクターに合わせる場面。優秀なボイスチェンジャーが入っていて、ほぼ違和感が出ない声を使える。

 そのパラメータを開いた時である。


†アリス†:待って! その声でボイチェン未適応!?

ฅにゃん皇帝ฅ:そのままの君でいて!

ダスクえっち:何? 攻略情報と一緒に可愛いも摂取できるってこと?

闇を駆ける黄金の閃き:そーゆー事になるのか?

卍最強ドリル卍:それなんて楽園?

シュバルツカッツェ:ボイチェン反対!


 なんだか、アイドル扱いされている気がしてきた。


「ひゃ、ひゃい!」


 とにかく気が動転して、そのままクリエイト完了のボタンを押した。

 次は初期ポイントの割り振りと装備の決定だ。


「ま、まず……装備は0ポイント装備一択です……」


 少しだけ話せるようになってきた。


Seven:うんうん! 装備にポイントはバカバカしいからね!

卍最強ドリル卍:でも最初からおしゃれしたいぞ?


 そう、おしゃれは楽しい。気合い入れてキャラクターを作れば尚更である。


「す、好きな見た目の装備選びます! それで、防御力の項目をゼロにします!」


 キャラクタークリエイト、情報量が特に多くて、防御力を自分で設定できるという項目を見逃してしまうのだ。だから最初から防御力0にされている、粗末な服を選んでしまうプレイヤーが多い。


†アリス†:そうなの!? じゃあ最初も好きな服選んでいいんだ!?

ダスクえっち:え!? 知らんかったん?


 俺たち以外でも、うっかり情報を隠してしまう人は居たみたいだ。


「ず、随分したの方に書いてあるから……」


 言いながら、俺はキャラクターをコーディネートしていく。女の子っぽい外見になったのだ、服もゴリゴリに男物とは行かない。


ฅにゃん皇帝ฅ:そのホットパンツ!

ハニー・シルバームーン:左下のガーターハイソックス!

†アリス†:上段2番目黒のオープンバックシャツ!

卍最強ドリル卍:マントも羽織って!!!!


 うん、女性視聴者は四人だったようだ。


「割とユニセックス?」


 言われるがままにウィンドウから服を選んで着てみると、存外悪くないのである。

 ちょっとアサシン風なのがいい。


シュバルツカッツェ:いいねー!てか、割と緊張ほぐれてきた?

闇を駆ける黄金の閃き:あぁ、双剣の視点で双剣のプロ専用機が見れる! 本物だ!!

Seven:あのプレイスタイルだと、このアサシン風は似合いそう!


 そういえば、口の中はやっと少し潤ってきていた。少し緊張が去ったのだ。


「あはは、ガッチガチの出だしなのに見てくれてありがとな! 今回のキャラクターネームは†クロ†で行く! みんな大好き厨二病風だ!」


 なんちゃって厨二病が大多数。そのおかげで、本物は目立たない。最近のオンラインゲームで起こる現象だ。


ฅにゃん皇帝ฅ:男の子ぶって可愛い!


 なんてコメントが来て、びっくりしてしまったのだ。

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