第2話・俺の母を紹介します。

 ベータテストが終わった次の日、俺はほんの少しだけ寂しさを感じていた。


「ゆうきー! ご飯できたぞー!」


 全く、男勝りで素敵な人だ、俺の母親は……。


「持ってくかー!?」


 次にはこうだ。


「行くよ!」


 俺は大声でそう叫んで答えた。


「待ってるぞー!」


 こんな男勝りな態度だが、子煩悩で素晴らしい母親だ。俺は、彼女に救われた。

 二年前、この人はこの家にやってきた。そう、血は繋がってない。前妻に逃げられた父は、その理由が理由だけに結婚が望めなかった。理由は父によるモラハラだった。俺の実母はすっかり壊れ果て、今や病院にいるらしい。


 ただ、そんな父も外面はいい。何にも知らないまま、母はこの家に来た。

 だが、最初に父からのモラハラを受けた母は暴君に変貌したのだ。離婚しない理由は俺らしい。俺がモラハラに晒されないために、母はここで暴君を続けてくれているのだ。


 階段を降りると、バカみたいに眩しい笑顔で俺を迎えてくれた。そして、バカみたいに品数の多い朝食を俺の前に次々と並べるのだ。


「母さん……こんなに食べれるか……」


 いつも朝食は多い。我が家の食生活は母が握っている。


「食えなきゃ残せ! っても、残した事ねーよな!」


 母は俺の対面に座り、そして朝食を始めた。


「いつも……言ってるだろ? 朝は王、昼は貴族、夜は貧民だ! 一日分エネルギーぶっこんで、今はゆーきは遊んでいい!」


 そう、これが俺の救いになった言葉だ。遊んでいい。

 父から毎日押し付けられる、勉強しろだ幸せになれないだ、そんな言葉ばかりに埋もれてずっと体が痛かった。慢性疼痛まんせいとうつうというらしい、心因的なもので、自律神経の乱れが原因だとか。


 それを正すための食生活が、朝は王、昼は貴族、夜は貧民、ということなのだ。

 あとはたっぷり遊んで、楽しい記憶を増やしてストレス耐性をあげる。そしたら、前を向いて歩けるようになるという謎理論が展開されている。


「そうだ母さん。また、絵ができたよ。ゲームの世界のだけど、俺と仲間たちの絵……」


 こういったことを報告すると、母は喜んでくれる。顔が一瞬で太陽に変わる。


「んだよ! ゲームの世界だろうが、仲間は仲間だろ! そのクソほどエモいシチュの絵をアタシは見れるんだろうな?」


 パワフルで、まるで恐喝のような言い回し。でも、言葉だけが汚くて、それ以外は本当に綺麗なんだ。

 他人でしかない俺をどうしてここまで愛してくれるのか、俺にはわけがわからない。


「うん、ほら!」


 俺はそう言って、書いた絵をスマートフォンの画面に映した。


「んだこれ! クソエモい! いや、絵が上手いのは知ってんだが……シチュがエモい! 光がエモい! エンジェルラダー綺麗すぎて見物料取れそうだな!」


 褒め言葉が若干ボディービルダーちっくなのはご愛嬌。でも、全力で褒めてくれるのがずるいほどに嬉しいのだ。

 エンジェルラダー、空気中の不純物に光が反射して、光の線が降り注ぐように見える現象だ。俺はそれで、ちょっとばかり希望みたいなものを表現できたらって思って書いた。


「ありがとう……」


 俺は一人っ子だ。家族は三人だけ、弟妹が生まれる前に実母は壊れた。

 だから味方も敵も一人づつ。随分と過ごしやすくなったものだ。


「誇れよクソガキ! 一級品だ!」


 本当に言葉だけは汚い……。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 食事はなんとか食べきった。量が多くて大変だったが、この母親が作ってくれた料理を残すのは心苦しいのだ。


「洗い物はしばらく水につけといて……アタシは日課のストレッチするが、ゆーきはどうする?」


 母は割と健康ヲタクだ。朝起きて、顔を洗って太陽を浴びる。朝食にはトリプトファンという成分を含む食材を多く使って、太陽光から作れるビタミンDと合成して、セロトニンを生成するのだそうだ。なんというか……医者なのだろうか……。

 それはそれとして……。


「俺もやる」


 母の底抜けに明るい性格は、それに支えられているというのも考えられる話だ。

 基本的に引きこもりゲーマーの俺だが、あるいはパフォーマンスが上がるかも知れない。試して損はないはずである。

 そんなわけで、俺は母と二人で外に出た。ダメージジーンズに金具だらけのシャツ。どう見ても運動しようと言う人間には見えない。それがラジカセ片手に歩いてくるのだ。もうラッパーかなにかだ。こんな母には、フーセンガムでも噛ませておけ。


「良し! やるぞ!」


 縁側にラジカセを置くと、母は再生ボタンを押した。

 ラジオ体操風に、ストレッチのメニューを教えてくれるトラックが入っている。

 わざわざラジオなのは、雰囲気のためらしい。そして、わざわざ外なのは、太陽を浴びるためらしい。


「うん!」


 だが、なんというか……、整うというやつだ。

 そもそもビタミンDに関しては、この母が居れば生成できる気もする。そんなやつである。


 遅くなったが、俺の名前は松田悠希まつだゆうき。現在思春期真っ最中の、不登校男子高校生だ。

 母に感じるこの微妙な胸の高鳴りは、きっとそのせいなのだ。母曰く、カルマオブザホルモン。下半身で物を考えてしまう瞬間が発生するお年頃だそうだ。

 ついでに、だからは隠れてこっそりと、そしてしっかりやっておけと言われている。これに関しては少し過干渉でウザいし意味もわからない。普通に、下半身は物を考える場所ではないと思う。

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