後編 最悪

 あきらは救急車で病院に運ばれ、気づいたら夕方になっていた。ベッドのわきには鞄が置かれている。

 

 何故こんなことになったのか…心愛ここあとの関係が、自分の恥ずべき性癖が多くの人に知られてしまった。


心愛ここあ…。」


 あきら心愛ここあに連絡をしようとスマホを手に取る。心愛ここあから沢山のメッセージが届いていた。どれも辛辣なメッセージ。最後はこう記されていた。


『最低!死ね!』


 確かにあきらは最低な男だ。それはわかってる。ちょっとした浮気心が、心愛ここあという麻薬におぼれたのだから。


 あきらはボーッとした身体をゆっくり起し、看護師に付き添われ病院を出る。どこに帰れば良いんだろう。会社の人間も誰一人自分を心配する人はいない。

 会社のメールには、しばらく休め。と上司からメッセージが届いていた。それ以上でもそれ以下でもないメッセージ。無機質だ。


 自宅に帰るしかない。

 あきらは久しぶりに自宅のチャイムを鳴らす。

 

 出掛けているのか?誰もいない。


 あきらは仕方なく鍵を取りだし部屋に入る。玄関にはあのスニーカーが泥だらけで置き去りにされていた。


結花ゆか?いないのか?」


 家族をほったらかして家を空けておいたのだから、実家に帰られてしまっていても仕方ない。半ば承知の上だ。


 ダイニングルームのドアを開ける。覚悟していたとはいえ…、これは酷い。


 あきらの服や下着、タオルなどがぐちゃぐちゃに山積みにされている。


「あいつ…。」


 あきらは自分の行いを棚にあげ、怒りが沸いてきた。きちんと家庭を守ることこそ妻の役目ではないのか?


 その勢いで二階に上がる。このままふて寝しよう。それが良いと思ったのだ。面倒なことは明日考えよう。


 あきらは悪態をつきながら階段を一歩、また一歩上がる。

 やけに二階が静かだ。誰もいないのだから当たり前かもしれないが…、外の音も聞こえない。


 寝室のドアが、半分開いていた。


結花ゆか?」


 部屋から強烈な匂いがする。あきらは腕で鼻を覆い、ドアを開ける。


 ドアのすぐ傍に娘の結依ゆいが、うつ伏せで寝転んでいる。周りは泥だらけで何かに押し潰されたように、変な形に歪んでいた。


結依ゆい? 結依ゆい!」


 あきらは娘の傍に駆け寄り抱き起こす。結依ゆいの身体は溶けたようにぐにゃっと曲がる。まるでゴムの人形のようだ。


結依ゆい…、結依ゆい…。どうした?何があった?」


 あきらはグラングランに揺れる娘を抱え泣き叫ぶ。誰か、誰か助けてくれ!夢なら覚めてくれ!


 周りを見渡してみる。どこもかしこも部屋の中で泥んこ大会をしたかのように壁にも天井にも泥が吹き付けられている。ベッドの上は布団もシーツもぐちゃぐちゃに、変に一部が盛り上がっている。

 あきらはそっと娘の亡骸なきがらを床に寝かせ、ベッドのふくらみを確かめるために近寄ってみる。


 嫌な予感しかしない。だがあきらは思い切って布団をめくる。


「あぁ…。あぁ~~~~~っ。」


 あきらは声にならない叫び声をあげた。嗚咽の様な喉から絞り出すような声。

 そこにはぐちゃぐちゃに潰れた女の遺体が横たわっていた。手も足も頭も、普通の人間ではありえない方角を向いている。


「ゆ…結花ゆか…。うっ。」


 結花ゆかの目は恨めしそうにあきらを見つめていた。


 あきらは思わず吐いた。胃からこみあげてくるものを我慢しきれず、吐き出した。



『アナタ ガ ワルイノヨ。』



END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢ならいいのに 桔梗 浬 @hareruya0126

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ