十四、アイ・アム・ザ・フューチャー

(拾ったケータイで見たニュースサイトの記事より抜粋)


「アリーナ崩落後にあいた大穴に、崖から落下した私は、残っていた林の痕跡に落ちた。全身を強打し死線をさまよったものの、奇跡的に助かった。


 いや、正確には助かったとはいえない。なぜなら私は軍事科学研究所に運ばれ、そこで最新技術の治療を施された結果、体のほとんどが機械で代用されたばかりか、脳の大部分すらもコンピューターで補われるという、悲惨きわまる『復活』を遂げたからである。

 大脳の細部まで機械化されてしまい、笑えるのは、使用された材質が、あのブラッド一号と同じものだという事実だ。

 もはや私らしい部分は、脳にデータとしてインプットされた過去の記憶ばかりで、肉親と縁を切っていて本当によかったと思う。


 肉体を部分的に機械化した者をサイボーグと呼ぶが、今の私はもうそんな段階ではなく、完全にただの『ロボット』そのものだ。肉体がなくなり、軍人である私は、以前より数倍以上強くなった。なんせボディの頑丈さは、あのブラッド一号と同等なのだ。




 そんな私の身の上について、私自身は嬉しくもなんともない。といって、その逆もない。

 さっき自分の状態を悲惨と言ったが、それは客観的な意味でしかなく、実際はもう肉体の感覚がほぼないばかりか、このごろは感情さえもろくになく、以前は膨大にあった日常生活でのイライラや不快感などの痛みや苦しみが、ほとんど消えかかっている。そして、今のほうがはるかに生きていて楽だ。これが生きているといえるならば、だが。


 退院したら、また以前と同じように軍人としてやっていくつもりだったが、以前の私とは完全に変わり果てているので、復帰にはかなりの時間がかかると思われた。

 だが最近、軍からきたあるメールにより、それが急ピッチになった。あのブラッド一号の首を盗み、復活させた者がいるというのだ。すでに多数の犠牲者が出ており、その排除には、かつて奴と戦った私が適任だという上層部の判断が下ったのである。




 もう、あのときのようなやわな私ではない。対等の条件で奴と戦えるわけだが、もし失敗しても、それは私の責任でもなんでもない。ただ暴走マシンを停めようと、別のマシンを使ったら停まらなかった、それだけである。破壊されたら、たんに壊れたというだけだ。なんせ今の私には、人間のような悲しみだの絶望だのという、面倒なものはいっさいないのだ。


 私のすべきことは全て決まっている。なんの判断もいらず、なにも怖いものはない。私は与えられた任務だけを、ただ遂行する。人類初のロボット軍人として、自分の職務を真っ当するのみだ。



 機械になること。あのブラッド一号と同じになること。それが、こうも幸福な状態だとは思わなかった。

 そういえば、いずれは肉体の機械化が進んで誰もがこうなる、という話を何かで読んだことがある。すでにAIが、絵や音楽のみならず、複雑な思考を要する映像作品や小説まで、あらゆる表現物を人為となんらそん色なく手がけるところまで来ている。


 人間の手によるあらゆる芸術や文化が機械に取って代わられたあと、次に来るのは、やはり人体の進化だろう。より便利と安楽を求める人間の本能の行き着く先は、感覚ゼロ、感情ゼロの、なんの弱点もない無敵のマシンである。すべての人間が苦痛や悲しみから解放され、等しく救われる未来が、もう目の前に来ているのかもしれない。


 だが、そうなったからといって、誰も嬉しい者はいないだろう。そうなれば今の私のように、死んでいるも同然だからだ。

 だから人類は感情なるものをしつこく最後まで残そうとするだろう。だが、あんなに不便で無駄なものもないので、いずれは消えていくはずだ。それを体で実践したこの私が言うのだから、間違いない。


 私は、いま生きている人間たちのために、これから殺人ロボットを破壊しに行くが、どんな人間よりも幸せなものたちが、自分らよりもはるかに不幸なあなたがたを助けるために破壊しあうのだから、妙なものである。『妙』などという発想をするところは、まだ私にも『人間性』なるものが、わずかに残っている証拠かもしれない。





 今わたしは自室でこれを書いている。窓の外、塀の上の黒猫が、私に不審な目を投げかけている。

 とうに死んでいる私は、いずれは死んでいく全ての人間たちのために、これからひと暴れするつもりだ。


 首を洗う意味もないあいつは、今もどこかで無駄に血を補給しては捨てているだろう。ほとんどシュール系のコントである。

 この無意味さは、まさに戦争そのものだ。あるいは戦争も、その正体は、ただの下手糞なブラックジョークかもしれない。

 そして、死すらも。




 我々は死である。

 そして未来のあなたがたである。

 そして、あなたがた人類の未来は、まばゆい日の出の光のような、輝く希望に満ちている。


 なぜなら死こそが、生きるもの全てがすべからく向かう、究極の安住の地であるからだ」


                      日本軍殺戮マシン破壊元帥 榊エリ

   (戦争の親玉 終)


(この作品にふさわしいエンディング・テーマ  Alice Cooper「I Am the Future」)

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戦争の親玉 闇之一夜 @yaminokaz

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