十三、戦争の親玉(その二)

 闇から目が覚めた。これで三度目である。

 最後に闇になる前、首を切られた。ボディが破壊されたのだから、いくらなんでも、もう目覚めることはないだろうと思ったのだが、運命はしつこい。


 首が空を飛んで数秒後、後頭部に激しい衝撃があり、直後、ふっつりと意識が消えた。あとで知ったことだが、どうもどこかの高い柱に後頭部から叩きつけられ、深くめり込んだまま、コンピューターが停止したらしい。そうでなくても、エネルギー源である血を頭にめぐらせる胴体から切り離されたため、虚空を飛ぶ間にも、電源はちらちらと消えかかっていたようである。


 私の顔はその高い柱に絵画のごとく埋め込まれ、かっとあいた口から、どす黒い血を斜め右方向に汚水の流れのごとくどくどくと垂れ流し、ねめつけるような逆三白の目をぎょろりと向けた悪鬼の形相で、しばらく放置されていたらしい。

 私は見たことはないが、有名な蛇女メドゥーサの顔の絵画に似ていたという。ギリシャ神話の妖怪で、髪の毛が一本一本蛇になっているというかさばりそうな奴で、見たものを眼力で石に変えていた。ペルセウスという英雄に首を切られて死んだ。私を斬首した高見も、日本国民にとっては英雄には違いないから、私もまあ、そのメドゥーサと似たようなものだろう。

 私の首は、一連の大惨事への教訓としてしばらく柱に植わったまま見世物にされ、アリーナの廃墟は観光地になった。暴走兵器として廃棄されたあとでも莫大な金を生むのだから、私もたいした社会への貢献者である。


 その後、海外派兵は行われなくなり、軍が縮小したが、別に私によるあまりにひどい人災を反省したからではない。たんに派兵先の中東の某国と、対戦国であるアメリカが平和条約を結んだので、日本がわざわざ自国の兵士を送って死なす理由がなくなったのである。





 このまま平和が続くと思われたある日――私が廃棄されて、ちょうど半年が経った頃だった。私は、またもや闇から目覚め、見れば数メートルほど先に、白装束に身を包んだ怪しげな連中が五、六人ほどいて、全員が神の御前であるかのようにひざまずき、うやうやしくこうべを垂れている。

 リーダーらしき者が先頭にいて、頭からすっぽり被ったフードからは、鼻と口がかろうじて見える。ここはどこかの林の中らしく、もやの立ち込めるなか、ひょろひょろと立つ木々のちょうどあいた場所に、我々は立っているのだった。


 辺りは薄暗いが、はるか向こうの山並みに溶ける空がうっすら白ずんでいるので、今が早朝と分かった。下を見ると腕があり足があり、胴体がちゃんとあるばかりか、着ている服も元通りの白いセーラー服に黄色のタイ、紺のプリーツスカートの下にあずき色のジャージだった。

 誰かがご親切にも私の頭を柱からはずし、どこかで新しくこさえたか、それとも古い奴をどこからか取ってきたのかは分からないが、とにかく体に据え付けて口に血を流し込み、復活させてくれたようである。それをしたのが、今見ているこのKKK団みたいな連中なのかは分からないが、その可能性が濃厚だ。

 彼らが人間なのはセンサーで分かったが、いきなり襲うことはしなかった。今は血が満タンだからである。


「お目覚めになられましたか、マスター」

 先頭のリーダー格が口をひらいた。顔をやや上げたが、やはり顔は見えない。別に見たいわけでもないので、どうでもいいが。

 ただ、彼の声は震えていた。何かにとてつもない感動と興奮を感じており、それはどうも、私に対してのようだった。なぜか私を、英語で「主人」を意味する「マスター」と呼んだ。


「あなた様が、ここから数キロ先にあるネオ・アリーナで永眠なされて以来、わたくしどもは、あなた様の復活の計画を入念に進めてまいりました。そして、あの忌まわしい日から半年たった今日のこの日、ついにあなた様、ブラッド一号さまをこの世に甦らせることに成功したのです。


 ご安心ください、我々はマスターの熱狂的支持者です。いえ、『安心』などというくだらない、弱きものの振る舞いなどを、偉大なマスターがなさるはずもございません。あなた様は、どんなものよりも強く、何ものにも動じず、そのお体が壊れない限り、決して負けることがありません。

 我々は多くのつてと、裏社会のプロたちの協力により、軍の倉庫に眠っていたあなたの体を手に入れ、科学の粋を集めた技術で修繕いたしました。そして昨夜、いまや手薄になっているアリーナ跡地の警備を難なく抜け、観光の目玉である『戦争の柱』からあなたの頭を奪い、この隠れ家で、こうしてつなぎ合わせることが出来たのです。ああ、これ以上の喜びはありません!」


 よく分からないが、とりあえず彼らは以前から私を生き返らせたがっていて、今夜それを成し遂げ、感極まっている、ということらしい。人間のうちでは、凛博士の側にいる連中だろう。つまり私のような邪悪なものを過大評価し、その行いを推進しようとする、人間の中では、きわめて荒んだ部類である。


「あなた様の、マスターの復活こそが、我々の念願でした」

 半ば泣きながら、リーダー格はひざまずいたまま、両腕を挙げて叫びだした。

「マスター! あなたは何も感じない! 絶対に傷つかず、何ものも恐れず、悲しまず、ただひたすら人間の殺りくのみを続ける、素晴らしい、完璧な絶対悪なのです! ただ殺人のためだけにこの世に存在し、人を殺すためだけに行動する、その存在自体が人殺しなのです!

 あなたは、まさに戦争そのものです! あなたこそが、戦争の親玉です!」


 ほとんど天へ向かって絶叫し、いったん地に両手を着くと、また起き上がって、仰々しく喋りはじめる。

「あなたが存在するだけで、必ず誰かが死ぬ。ただいるだけで、人類を破滅に追い込む、まさにあなたこそが完全なる災い、呪い、害悪であり、完璧な負の存在! あらゆるもののアンチであり、完全なるマイナスなのです! なんという素晴らしさ! 我々は、あなたのような完全無欠のヒーローを待ち望んでいたのです!」と、目をきらきらさせて、うっとりと見つめる。


 生まれ方、育ち方、人それぞれわけがある。こいつが、どういう経緯でこうなったかは知らないが、こういう人種は細かい違いこそあれ、ほとんど似たようなものだ。

 彼がどんな事情で、私をどう評価しようが勝手だが、そのとき、こちらはこちらの事情が発生していた。

 ピコーン……ピコーン……ピコーン……。

 体内で警報が鳴り出したのである。たちまち人工頭脳が体の各部に命令を下す。

「チガタリナイ……チヲホキュウセヨ……ホキュウセヨ……」


「ここにいる全員が、地球人類の死を望む反逆者であります」

 誇らしげに手でぐるりと示し、続ける男。

「マスター、我々はそれぞれの事情により、我々を排除し、虐げたこのにっくき人類という名の、冷血で貪欲でムカつく害虫どもを、この世から跡形もなく抹殺し、世界を浄化するべく、ここに集結した同志たちなのです。この崇高なる意思を実現すべく、ここにあなた様を復活させたのです。


 偉大なるマスター、あなた様が今一度そのお姿を現したからには、再び世界を血と恐怖に染め上げ、人間どもの永久の支配者として地上に君臨する、まさにそのときが訪れたと、我々は信じております!」

 再び感極まり、両手をあげて叫びだす。

「偉大なるマスター・オブ・ブラッド! 狂える血の覇者、ブラド皇帝陛下! 我々の切なる復讐を、どうかその素晴らしい御手で、どうぞお成し遂げ――ぎゃあああああああああ!」


 絶叫する奴の腹をソードで貫き、ぐちゃぐちゃの血だるまにするのに一秒もかからなかった。フードが取れると、相手がヒゲ面のジーザスっぽいおっさんと分かった。苦悶の表情で死んだが、どこか笑っているようにも見えた。私を崇拝していたようだから、痛くても本望だったのだろう。


 一人じゃむろん足りないので他の奴も襲ったが、逃げ出すのも一人や二人いた。むろん追いついて全員切り刻み、これでしばらくは血が持つので、今までの任務どおり、減るまでその辺を歩くことにした。減ってきた頃には、ちょうど誰か人間に出会うだろうから、また以前と同じように、殺してその血を飲めばよい。


 朝日はとうに向こうの山並みの上へぽっかり顔を出し、いい天気である。私を復活させた連中は、人類が再び私に脅かされることを深く望んでいたようだし、私の生みの親で、今は亡き桜庭凛博士の与えた任務がそれであるから、専心するに越したことはない。





 ところで、さっきの男は私を「戦争の親玉」と呼んだが、戦争とは単なる大規模な殺人の繰り返しだから、確かに私と多くの点で共通してはいる。人間の血を燃料にして動くのが私だが、その目的が、手段とまるで同じ「人間の血を燃料にすること」それ自体なのが、行為と目的が分かれている他の機械とは違う点である。そして、戦争も人の血を吸う。


 ただ、それの目的は私以外の多くの機械と同じで、吸血とイコールではない。たとえば領土拡大であったり、自国民の生命の安全管理だったり、名目上はなんらかの理由が付けられている。

 要するに、人を殺す目的で戦争をするアホはいない、ということだ。戦争をするからには、それをすることにより、自国になんらかの利益がもたらされねばならない。そうなると、私を戦争呼ばわりした彼らの主張は、相当間違っていたことになる。

 もっとも、それは国益だの安全だのが、真の「目的」や「理由」である場合に限られる。


 問題解決のために、たとえばぎりぎりまで相手国と講和するなど、ほかの手段も使えるところを、わざわざ国民の多大な血を使ってコトを収めた場合(わが国が長らく海外の戦場でやってきたことが、まさにそれだ)、それは解決の正当な「目的」や「理由」にはならない。その場合の「目的」や「理由」は何かというと、「殺人自体である」と言わざるを得ない。


 国民を兵士にして殺す、あるいは庶民を敵の空爆の犠牲にすることで、国家が軍需産業から多大な利益を得ている場合は、金が目的だと言うかもしれないが、それは本来犠牲にする必要のない人命を、金銭に変えて懐に入れているわけだから、結局は人命目的、人の命を奪うための戦争、つまり「殺人のための殺人」ということになる。


 こうなると、戦争行為は私とかなりの部分で重なってくる。私の場合は、途中で「人命を換金する」という手間がないだけで、次に血を得るためだけに血を飲む。問屋を通さず、産地から商品を直接自分の店に送って売るようなものだ。

 この行為は、戦争とほとんどイコールである。国民の安全のためだと理由をつけても、それは、その国民のいくらかを殺して手に入れた安全であり、結果的には、そのいくらかの国民を殺すことが目的だったことになる。


 先ほど「人を殺す目的で戦争をするアホはいない」と言ったが、実は全ての戦争は殺人のために行われるので、戦争をする者は全てアホということになる。

 私もインテリみたいに小難しく思考はしても、人間社会で重宝されている感情というものがすっぽり抜け落ちているので、客観的に見ると、相当なアホである。つまりは、日本政府と私には、ほとんどなんの違いもないのだ。


 そうなると、あの私の崇拝者たちの意見は間違いどころか、的確に真実を言い当てていたことになる。やはり私は戦争そのものなのだ。この私、ブラッド一号というただの人殺しと、戦争という行為は、あらゆる点で酷似しているのである。


 日本だけではない、世界各地のあらゆる紛争、残虐行為、非人道的殺戮は、どれもみな私とそっくりである。博士にその意図はなかったかもしれないが、実は私こそが戦争の象徴だったのである。

 彼らが言ったように、私は戦争の親玉なのだ。





 出動一日目の、あの列車での大虐殺のあと、橋の上で太陽が私に注いだように、今も暁が私の血まみれのボディをぎらぎらと照り返している。

 私は戦争の親玉である。


 無数の人間が存在する中、凛博士や先ほどの男たちのように、私を期待する者たちは、きっとこの世界に少なからずいるだろう。体は元に戻ったし、任務を続行することになんら支障はない。


 山を降り、里に近づく。いくつもの民家の屋根が波のようにひしめいているのが見える。あそこには、飲みきれないほどの血がいっぱいある。また「罪もない善良な」人々を無残に殺し尽くせば、博士も地獄でさぞ喜んでくれるだろう。


 畑の柵の上の黒猫が、私に不審な目を投げかけている。

 どれ、またひと暴れしてやるか。 

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