十、榊の萌えキャラ化と高見の百合キャラ化

<軍人板の書き込みより>

「思えば、隊長がおかしくなりだしたのは、私が命令無視で首になる直前くらいからだった。

 設営テントで夜毎、トイレからか細い泣き声がすると思ったら、榊隊長が座り便器に膝を抱えてめそめそしていたり、近所で捕まえた野良猫を空き地で大の字に縛って、銃剣で突き殺そうとするんで、慌てて羽交い絞めにして止めたり。


 そうすると、般若みたいな顔をこっちにくわっと向けて、『なにすんの、命令違反よ! 今は戦争なのよ!』などと、わけの分からないことを言ったかと思うと、いきなり地面に突っ伏して『ごめんなさい、ごめんなさい、許して……』なんて、わなわな震えて謝りだしたり。


 これにはどうしていいか分からなくて、ただ突っ立って、こう言うしかなかった。

『お疲れなんですか』

『……そうね、悪かったわ』

 乙女みたいに地面に横すわりして、済まなそうな顔でうつむいて、ぽつり。

 こんな風に、いきなりイカれてはすぐに落ち着く、という奇行が毎晩続いた。


 人を殺しすぎると、人間はだんだんおかしくなる、と聞いたことがあるけど、そうなのかと思った。前線で将校が発狂したって話はよく聞く。それも修羅場を何度も潜り抜け、自分の部隊を存続させてきた模範的な人ほど、そうなる確立が高いらしい。


 そりゃそうだ。凄腕の隊長なんて、戦場で足手まといを何十人も見捨ててきた殺人鬼のような連中だ。榊隊長のザマを見ると、出世しなくて本当に良かったと痛感する。戦場でいくら生き延びても、こうはなりたくない。

 でも。


 榊を見ていると、そういう悲惨さとは何か違うものを感じた。なんだろう。ザマミロって気持ち? 私の親友を殺したから? 

 ちがう。


 こういうと変だが、なにか、一種の穏やかさというか、見ていて安心できるような、血の通ったあったかいものを感じる。今まで氷の心を持つ鬼にしか見えなかった女が、やたら弱みを見せているせいで、人間ぽく思えてきたからだろうか。それもあるだろう。

 が、それだけじゃない。



 月の照る晩だった。テントの裏で自分の首を躍起になって絞めている背中を見て、それを止めようともせず、ただ近づいて、呼びかけた。


『隊長』

 答えないので、今度はつぶやくように、静かに呼びかけた。

『隊長……』

 そして、ぽつりと聞いた。

『なにと……戦ってるんですか』


 榊は喉から手を放すと、その場に座り込んでうつむいた。

『……なんのことよ』

『毎晩、やってるじゃないですか。戦ってるんでしょう? 隊長』

 いつ見ても綺麗なうなじに、黒い指の跡が痛々しく残っている。

 しばらく沈黙が続き、やがて彼女が口をひらいた。


『……頼みがあるんだけど』

『なんですか』

『もし、あなたが私を殺すことになったら――』

 無感情に言い、こっちを振り向いた。

『躊躇なく、やってちょうだい』


 私は何も言わず、その場を離れた。

 無表情な彼女の目に、うっすら涙がたまっていたから。






 頭がずきずきする。

 そうだ、殴られたんだ、と気づいた。


 周りには誰もいない。でもさっきまで、榊隊長と桜庭凛がいたはず。

 私が気絶している間に、二人ともどこかへ行ったんだろうが、しばらくめまいがして、頭が働かなかった。


 やっと少し治まると、地面に二つの血のあとが見えた。それぞれが反対方向へ点々と続き、一方はどこまでも延々と瓦礫の向こうまで伸びていて、もう一方は近くの崖で終わっている。

 崖まで行って下を覗くと、底に白衣の胸を血に染めた桜庭博士が、大の字で倒れて首が横を向き、おおきくひらいた口から、どす黒い血をスプレーから放射したように派手に吐いていた。

 射殺だ。


 では、殺った隊長に会うには、逆の血をたどればいいわけだ。

 ふと騒ぎ声に見れば、向こうに負傷者の救護キャンプがある。

 これで読めた。


 榊隊長は、あっちにブラ野郎を行かせないために、わざと自分の血を出しておびき寄せたんだ。今の隊長なら、そのくらいはやりかねない。


 もう以前の榊隊長じゃない。彼女は今、戦っているんだ。崩れ落ちるドームの中で、子供を背負って助け出すほどに、だ。

 以前なら、確実に見捨てて自分だけ逃げたろう。だって、ブラ野郎を破壊する義務があるし、それを優先するなら、子供の一人や二人、どうなってもよかったはずだ。


 というか、それなら、そもそもここへ来る必要すらなかった。だって、そんな任務は与えられていないんだから。

 なのに勝手に来たのは、彼女が変わってきた証拠だ。思えば、設営テントにいたときから、戦いは始まっていたんだ、彼女の中で。


 後頭部を触ると、傷らしきものがあったが、そうひどくはなさそうだ。まだずきずき痛むが、さっきほどじゃない。レーザー砲の操縦くらいは出来る。


 席に座り、エンジンをかけ、轟音と共に発進させる。地面の血をたどれば、すぐに追いつける。

 早くしないと、あの人が危ない。

 助けなきゃいけない。

 あの、一人の勇敢な『戦士』を」

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