八、デュエルその二
例によって機能が停止することもなく、くず鉄の山に倒れた私に見えたのは、奇妙な光景だった。ぬけるような青空の下、瓦礫のクレーターの前に立つ白衣の凛博士と、ほころんだベージュの背広を着た榊エリ。二人が一緒にいるのを見るのは、これが初めてだ。
戦車の大砲に吹き飛ばされたとはいえ、こちらはむろん損傷など受けないが、体内器官の反応がやや鈍い気がする。例によって血が減っているのもあるが、さすがに巨大な建造物の瓦礫に圧迫されたので、その影響もありそうである。
友人同士だったはずの博士とエリは、今は完全に敵同士になって向き合い、どちらも険しい顔をしている。ただ、博士のほうは口元が邪悪に吊りあがり、そのでかい目は、絶好の獲物を目にした猛禽類のそれだった。右手には銃が握られ、二メートルほど先に立つエリに向けられている。
博士のすぐ後ろに、あの仰々しいレーザー砲が鎮座し、座席には誰かがハンドルに顔を突っ伏して、左腕を折れた太い枝のように垂らして沈みこんでいる。顔は見えないが、短い髪の感じから、榊の部下の高見だろう。
そして、榊の背後には戦車がいて、こちらに砲身を向けている。おそらくこの状況は、さっきあの戦車で私を吹き飛ばし、その隙にレーザー砲で止めを刺そうとしたとき、博士が銃で高見の頭を殴打でもして妨害した、というところだろう。
なら戦車など使わず、最初からレーザーで撃てば難なく私を刻めたと思うのだが、そうできない事情でもあったのだろう。
たとえば、レーザーを起動すると私に気づかれるとか。
戦車のほうが気づかれにくいとは、一見かなり異様だが、そういえば以前、街中でかなりの至近距離まで来ていた戦車に気づかなかったことがあり、最近の重機は限界まで無音走行が出来るほどに進歩しているのかもしれない。事実、あれの発射音がするまで、茂みに戦車がいて狙っていることに全く気づかなかった。今は風も全くなく、辺りは猫の足音も聞こえそうなほど静かだ。何か作動すれば分かったはずだ。
しかし、私に内蔵されているセンサーが、人間の生き血にしか反応しないのは、戦闘マシンとして大いに問題ではなかろうか。壁の向こうや茂みに潜む敵兵器を察知するくらいは、ちょっと高度なメカなら普通にすることだ。これは、殺人にばかり特化して作られた私の大きな欠陥といっていいだろう。
「どうして、こんなことしたの」
エリが低く張り詰めた声で聞くと、にやついていた博士は、目を子供のように見開いて両腕をひろげ、得意げに言った。
「すごいでしょ、この子は無敵なんだよ。感情もない、痛みもない、なにされても、何も感じない。絶対に傷つかない、壊れたって何も気にしない! 平気なんだ! まさに私の理想だよ。
しょせん、私はブラちゃんにはなれない。
でも……」
声を次第に歓喜に上ずらせる。
「この子は、私が作った! 誰もこの子を止められない! 無敵なんだ!」
「答えになってないわよ」
にらみ返し、怒りをあらわにした声で続けるエリ。
「あんた、自分がなにやったか分かってるの? 何万人ぶっ殺したと思ってるのよ。死刑確実だけど、それじゃ足りないわね。拷問つきの終身刑にでもされるわよ。考えられるうちで、最も非人道的な奴ね」
「エリだって、万単位くらいは殺してるじゃん」
「そんなにやってないわよ!」
「なんでこんなことしたか、って聞いたよね」
博士は目を細め、さも嬉しそうに続けた。
「この子は、どこまでも行けるんだよ。人類滅亡は無理としても、そのとっかかりぐらいは果たせる。だから、この子の好きにやらしてあげたいの。殺人のためだけに生まれたんだから、それをどこまでも自由にさせてあげる。誰にも邪魔はできない。好きなようにさせる。この子に、ブラちゃんに、とことんまで、行くところまで行かしてあげるの」
「完全にイカれてるわね、あんた」
エリが眉をひそめたところで、私は瓦礫の山から起き上がった。歩くと、やはり足が少し重い。アリーナの何トンもある残骸に埋まったときにダメージを受けたのは明らかだった。
が、それを気にする私ではない。
血だ。
血が足りない。
私はエリの方に寄って行ったが、そっちが近かったからだ。博士が近ければ、そっちへ行って殺したろうが、彼女はそんな間抜けはしなかった。
私が立つと同時に、エリに銃口を向けながら、さっとその場を離れる。この軍人を私に引き裂かせるために。
「この子の一部になりな」
あくまで銃で狙いながら、茂みのほうへ下がる凛博士。
「すぐ外に流れて、無駄に捨てられるためだけに、ね」
博士が銃を下ろすと同時に、エリは駆け出した。私も走って追ったが、やはり動きが鈍い。奴も気づいたようだ。
そこで、奴は妙に捨て鉢な手に出た。瞬く間に戦車に登り、上から入ってハッチを閉める。
以前と逆だ。今度は奴が戦車にこもり、私が外から襲う。だが、レーザーは血の残量からして撃てない。その辺はお見通しなのだろう。
しかし私の腕力については舐めていたようである。
私は周りから戦車の装甲に、鉄拳を何度も激しくガッツンガッツンと打ち込んだ。でかい金属音を爆音のように立て、分厚い装甲が見る見るボコボコにへこんでいく。
操縦席まで穴があけばいいのだ。そこに手を突っ込んで殺せばよい。なにも戦車自体を破壊することはない。
だが履帯が回りだし、車体が跳ねるように動き出した。このまま逃げる気なのだろう。
私は、そうはさせじと車体の周りをまわって、右から左から次々に拳を連打し、ひん曲がった装甲を掴んで、ベリベリと引き剥がした。
私の強打の衝撃でまっすぐ走れないのか、戦車は子犬が遊ぶように辺りをぐるぐる回り、追いすがる私は、その強固なボディを、拳でますます激しく殴りつけた。
車体はそこかしこがべこべこにへこみ、次第に戦車の体をなくしていった。大砲で撃つのは、私が叩き折ったから無理だ。戦車は、いまや海底に転がる太古の巻貝のような、いびつな形になった。
だが私は、ある重大なことを忘れていた。戦車の足に目もくれず、ただひたすら装甲ばかりを殴りつけていたのだ。
これが勝敗を決する原因になった。
ともあれ、私の手は次第に車体の奥にまで届き、大穴があいた。一枚の壁をぶちぬいたところで、私は飛びついて中を覗いた。
その狭い部屋に潜んでいた一人の女の顔が、こっちを向く。その怯えた瞳は、幼い少女のようだった。当たり前だが、こいつも人間だから恐怖心くらいある。
私は、その恐怖ごと女を切り裂こうと、穴に腕を突っ込もうとした。
そこで、さっきの見落としが効いた。
エリはハンドルを思い切りこっちへ切った。フルスピードで走っていた鉄の棺桶は横転し、私を大地に挟み込んだまま、かなりの距離をギギギギギーッ! と重苦しい悲鳴をあげて進み、停まった。
最初にキャタピラを破壊して動きを止めておけば、こうはならなかったろう。
ここは負けだが、たぶん次でしとめる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます