切って伏せるねえ

硝水

第1話

「神になる気はない?」

 三学期のはじめで転校してきた神さまは、漫画みたいに空いてた僕の隣の席に腰掛けながら言った。窓から吹き込んだ風がクリーム色のカーテンと、彼の艶やかな黒髪を揺らす。

「全然ない」

 わざとらしくノートと教科書をトントンと揃えながら、僕は至極正直に答えた。

「切って落とすねえ」

 形式的な笑い声をたてながら、神さまは教科書を取り出そうと鞄に頭を突っ込んでそのまま動かなくなった。スリーピングバッグってこと?

「神さま」

「なぁに」

「内申点稼ぎに起こすふりしただけ」

「そ」

 ジッパーの隙間からにまにまと薄笑いを漏らしている彼は、結構猫ちゃんみたいだった。


 自己紹介で大真面目に「神です」と言い放ったのに「上出ッス」と都合よく解釈された結果、神さまは上出くんということになっている。神さまに名前をつけるならなんだろう。たとえば、そうだな。上出ミカ、下から読んでもカミデミカ。

「ミカくん」

「誰よその女」

「神さまってそういう冗談もいえたんだね」

「あまり見くびらないでもらえる」

「神さまって何でもできるんだね」

「そうでなければ全知全能の定義が崩れてしまうからね」

「神さまってつまりは一神教の宗派ってことだよね」

 彼はきょろきょろとあたりを見回して安全を確認したのち、フルーツサンドをしっかり飲み込んでから口を開く。

「ここだけの話、ぼくはぼくの他に神だっていうやつに会ったことがないんだ」

「つまりは一神教の宗派ってことだよね」

「もうそれでいいよ。いいから、多神教になってみる気はない?」

「微塵もない」

「切って捨てるねえ」

 ころんとしたいちごの断面に沿うように貼られた五円引きのシールが、ねえそれ僕のなんだけど。

「ああっ、ちょっと」

「神さまのはこっち」

「ツナサンドは玉ねぎが入ってて嫌だって言ったじゃない」

「じゃあ自分で並んで買いなよ」

「つれないこと言うない」

「みんな、普通に、やっていることだよ」

「きみはそれでいいの」

「いいも何も」

「ねえだから、一緒に新しい世界をつくろうよ」

「……神さまってさぁ」

 きょろきょろと明るい眼球がいちごを追っている。僕はその目を追いかけながら、フルーツサンドにかぶりついた。あーあ、へなへなと自分で言いながら狙っていた手首をおろす。

「寂しがりや、だよね」

「……そうかな?」

「そうだよ」

 まだふたりで浮きながら、教室の隅でお昼を食べていた頃の話。

「ねえもし、全く同じ境遇で育った同い年のふたりがいつか出会ったとして、わかり合えると思う」

「わかり合えるんじゃないの?」

「神さまってさ、やっぱそういうとこ、一神教だね」

「ぼくの存在が揺らぐ感じの表現やめてくんない?」

 自分と同じ境遇で、そんな神がいたら、友達になれると本気で思ってる。神さまは、そういうところ。

「僕はさ、神さまと」

「うん」

「人間代表のお友達でいたいんだけど、それじゃだめ?」

「えー、だめかと問われると別にだめじゃない」

 神さま、知らないほうがいいことだってあるし、全知全能だけど。わかり合えないよ、僕達は。ねえ。

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切って伏せるねえ 硝水 @yata3desu

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