第11話 スリーハンドレッドモーモー





 ルーフェルとアイシャを残して、牛達が決死の突撃を開始したその頃―


 デスバイン達が率いる殿しんがりは、激しい銃弾を浴びていた。

 老将達は盾を構えながら一歩ずつ前進していくが、敵に近づくに連れ盾に当たる銃弾の威力が増していき、盾を貫通して負傷する者も現れ始める。


 それでも、老将達は諦めることなく前進を止めない。


「怯むな! 前に進めぇ!」

「そうだ! 近づかなければ攻撃できないぞ!」


 デスバインとデスルドが兵士達を鼓舞し、兵士もそれに応えるように気合の声を上げて、銃声にも負けず進み続ける。


 老将二人も既に馬から降りて、盾を持ちながら徒歩で前進していた。


「せめて、魔法の射程距離200から300メートルまでは進まんとな」


「うむ、それにはあと200メートルほどの距離まで近づけねばならんが… それが至難だがな」


 老将二人が話している間にも、銃弾が飛び続けてくる。

 すると、何かに気付いた部下達が騒ぎ始めた。


「あれは何だ!?」

「複数の何かが人間達の側面に向かって、近づいているぞ!?」


「デスバイン公爵! あれを!」

「ん? 何だ?」


 デスバインが前方を見ると、何かが土煙をあげながらこちらに近づいてくるのが見える。


「あれは……、牛か!?」

「はい、おそらく牛です!」


「こんな戦場に牛だと!?」

「数百頭はいるぞ!?」


 公爵達の問いに部下が答えると、それを聞いた他の者達は困惑し始める。

 何故、牛がこんな場所に現れたのかと。


 牛達を見たデスセバスチャンは、その答えに気付きデスバインにその理由の説明を始めた。


「公爵閣下。あれはルーフェル様が召喚して、飼育しておられる牛達でございます…」


「何!? あの牛達か…!?」


 それを聞いた公爵は目を見開いて驚きを隠せない。


「はい。私もお世話のお手伝いをしていたので。あの体格にあの毛並み… 間違いありません」


 そして、デスセバスチャンには、あの突撃の理由も察しがついていた。


「おそらくあの牛達は、主人であるルーフェル様が大切に思っておられる公爵閣下と魔王様を死なせるわけにいかないと考え、命を懸けた突撃をしているのでしょう」


「なるほど、そういう事だったのか……」


 ルーフェル達の真意を知ったデスバインは、胸の中に熱いものが込み上げてくる。


「牛にしておくには惜しい、天晴な者達だ! 主人のために命を捨てる… あれこそまさしく勇者よ!!」


 側で話を聞いていたデスルドは、牛達に最大級の賛辞を贈る。


「あの者達の心意気に報いてやらなくてはな……」


 デスバインはそう呟くと、デスセバスチャンにこう言い渡す。


「デスセバスチャンよ。オマエはこれより後方に下がって、この事を魔王様に報告せよ! そして、そのまま魔王様の下で行動せよ!」


「!?」


 その言葉に驚愕するデスセバスチャン。


「お待ち下さい! 私も最後までご一緒することを、お許しくださったではないですか!?」


「あの牛達の命を懸けた突撃は、世話をしてくれたお前を助けるためでもある。ならば、せめてお前は生き残るのが、あの牛達へのせめてもの手向けではないか。ベルルと共に生き残った牛達を世話してやると良い」


「それなら、公爵閣下も…」


 デスセバスチャンの言葉に、デスバインは首を振ると彼にこう言い放つ。


「ワシは殿しんがりの指揮官として、この場を離れるわけにはいかん! これは、命令である! さあ、いけっ!!」


「わかりました……皆さま、御武運をお祈りしております」

「うむ、さらばだ!」


 デスセバスチャンは深々と頭を下げると、踵を返して後方へ走り出した。


「あの牛達が敵に突入すれば、一時的にとは言え敵は混乱する! そこを逃さずに、我らも突撃するぞ!!」


「「「おおーーー!!!」」」


 デスバインの言葉に兵士達が応える。


 その頃―


 牛達は人間達の右翼側面700メートルまで接近していたが、人間側も牛達の接近に気づく。

 正確には、人間達は魔族のように視力は良くないので、何かが接近してきているという認識である。


「司令官! 右より土煙をあげて、何かの集団が近づいてきています!」


「なんだと!? 敵の伏兵… 騎兵か!? 急いで射撃体勢を取れ!! 伝令! 総司令官に右側より敵伏兵接近と知らせよ!!」


「はっ!!」


 司令官の指示により、右翼部隊は素早く牛達が向かってくる側面に向かって、横隊が正面を向くように進行方向から方向転換を始めた。


 そして、牛達が300メートルに接近した時、右翼部隊は射撃体勢に入り狙いを定める。


 そして、敵が射撃体勢を整えた事に牛達も気づくが、突進を止めることはない。


 突撃する牛達も死ぬのは怖い。

 だが、それでも前進する。


 優しい御主人様と過ごした日々の思い出が、彼女達を一歩前に進ませる。

 ルーフェル達を守りたいという強い意志が、更にもう一歩前進させる。


 牛達は、銃口が並ぶ人間達の側面に向けて突撃を続ける。

 来世でまた御主人様達と過ごせることを夢見て…


「射撃よーーーうい!!」


 約3000人の兵士達が照星で狙いを付けながら、銃の引き金に指をかけ司令官の「撃て!」の号令を、固唾を飲みながら待つ。


 牛達が200メートルに迫った瞬間、一人の兵士が叫ぶ。


「おいっ!! あれ、牛じゃないのか!!!?」

「え?!」


 兵士の一人の声に、周りの兵士達も照準越しに目を凝らして牛達を見る。


「あれって!? 牛か!?」

「間違いない! 牛だ!!!」


「牛だって!!?」

「何!? 牛だとぉ!!?」


 自分達に向かって、迫ってくる集団が魔王軍の騎兵では無く牛だと判明した瞬間、人間達の兵士に激しい衝撃が走った。


「「「「「牛だ!! 牛だーー!!」」」」」


 そして、その衝撃は直ぐに動揺へと変わり、そして混乱へと変わっていく。そして、兵士達は、慌てふためきまともに射撃ができる状況では無くなる。


 いや、それどころかその場から、逃げ出し始める者も出始めた。


「えーーい! 落ち着け!! 落ち着け!!」


 司令官は必死に叫び状況を収集しようとするが、混乱した部隊を立て直すことは、そう簡単にできることでは無い。


 そんな最中、牛達が100メートルの距離にまで迫ると右翼は恐慌状態となり、兵士達は我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。その中には、戦いに慣れているはずの冒険者達の姿もあった。


「勝手に持ち場を離れるな!! 敵前逃亡は、重罪だぞ!! 撃て! 撃たないか!!」


 司令官が声を振り絞って逃げる兵士達に命令するが、彼らからはこのような罵声に近い返事が戻ってくる。


「そんなに言うなら、アンタが撃てばいいだろうが!! 俺は牛を撃つのは嫌だ!!」


「俺も嫌だ!!」

「俺も!!」


「「「「「俺もだ!!!」」」」」


 そして,それに続くように兵士達は、牛を撃つことを拒むと、一目散に逃げ出していく。

 司令官は顔を真っ赤にして、拳を握りしめながら怒りを堪えると一人迫ってくる牛達に、銃口を向けて狙いを定める。


 ―が


「私も嫌だーーー!!!」


 そう言って、彼もその場から逃げ出す。

 そして、その状況は右翼から軍全体に広がるのに、そう時間はかからなかった。


「総司令! 大変です!! 右翼側面から牛の群れが迫ってきており、右翼部隊は既に潰走、中央の部隊にも逃げ出す兵士が出てきております。このままでは総崩れも時間の問題です!!」


「何ということだ…… ここで牛の群れが来るとは…… 天は我を… 人間を見放したのか……!」


 副官の報告を受けたカールソンは、顔色を変えて天を仰ぐ。


「うろたえるな!! 魔王軍の追撃に備えて、陣形を維持したまま後退せよ!!」


 そして、すぐさま撤退命令を指示する。

 だが、ここまで総崩れした軍隊に規律のある撤退を行わせるのは、容易なことでは無い。


 少なくともカールソンには、不可能であった。

 彼の命令は、前線の兵士達に届くことなく散り散りに逃げていく。


 そして、その隙を老将達が逃すはずがない。


「敵は牛達の突撃で混乱している!!」

「我らも突撃するぞ!!」

「おーーーー!!!」


 デスバインとデスルドを先頭に魔族達は、武器を高々と掲げながら、混乱した敵部隊に勢いよく攻め込むと彼等は逃げ惑う敵を蹂躙していく。


 人間達が総崩れになったのは、勿論”モーモーファイヤーの計(火牛計)”の効果ではない。

 ある意味ではそうなのだが、ベルルが意図していたものでは無かった。


 人間達が戦闘を放棄した理由は、ずばり“宗教的理由”つまり“信仰心”である。


 この世界の人間が信じる宗教の創世神話に、遥か昔に神様が天から【牛】に乗って現れ、この世界と人間を創造したとなっており、そのため牛は【聖なる動物】とされ食べるどころか殺すことも許されていない。


 もし、その禁を破れば神の怒りに触れ死後に【転生することも許されず、地獄で牛の姿をした悪魔から、永遠の責め苦を受け続ける】と人々は固く信じている。


 銃火器が開発されているとはいえ、剣や魔法が活躍する中世の時代なので、まだまだ迷信や宗教が強く信じられており、そのために人間達は突撃してくるルーフェルの牛達に、攻撃を加えることができなかったのだ。


 しかも、反撃できない牛達の角には刃物、尻尾には火が付いて殺意マシマシとなっており、そんなスリーハンドレッドモーモーが自分達に向かって突っ込んでくる光景は、恐怖以外の何ものでもない。


 兵士にとってはまさに悪夢のような状況であり、それを見た人間達が我先に逃げ出したとしても仕方が無いことであった。



 #########



 ここまで読んで、こう思われた読者もいるだろう。


「そうはならんやろ!」


 だが、こう返したい。


「なっとるやろがい! ぶっ飛ばすわよ!」


 ……と。


 ですが、現実でも似たような記録は残っています。


 紀元前525年に、エジプト対ペルシアの間に起きた”ペルシウムの戦い“において、エジプト人が神聖な動物と考えていた【猫】をペルシア軍が盾にしたために、エジプトが攻撃できずに敗北して滅んだとあります。よって、十分ありえる設定だと考えています。


 最初は猫たちに刃物を付けた”スリーハンドレットニャーニャー”を構想していましたが、それこそ「そうはならんやろ!」となり”スリーハンドレットモーモー”となりました。

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