第10話 秘策開始





「サターナ様と護衛のレヴィア様は、魔王様の所に行って牛達が突撃して敵が混乱したら、それに合わせて総攻撃をするようにと伝えてください。そして、そちらの準備が出来たら、魔法で合図を送ってください」


 ベルルは姉と一緒に行くと言い出す前に、サターナに安全な仕事を振って、参戦しないように仕向けた。


「確かに、サターナ様じゃないと魔王様を納得させるどころか、面会もできないわね」


 そこにアイシャが、妹様が「でもでも」と言い出す前に、彼女でなければならない理由を追加して断れなくさせる。


「サターナちゃん、お願いね。お父様とお祖父様… そして、みんなの命が掛かっている大事な任務だからね」


 そして、ダメ押しにルーフェルが言い聞かせるとサターナは渋々ではあるが承諾する。


「……わかりましたわ。お姉さまもくれぐれも無理はなさらないように…」


 そう言うと、サターナはレヴィアを伴いルーフェル達の元を離れて、父親である魔王のいる本陣へと牛を走らせた。


「ベルルちゃんは、ここで待機ね」

「そんな… わたくしもお二人とお供いたします!」


 ルーフェルの言葉にベルルは反論する。


「いいから、アンタはここに居なさい。私達は武術で戦う、アンタは頭脳で戦う。だから、あそこはアンタの戦場じゃないないのよ」


 だが、それに被せるようにアイシャが、人間達の陣地を指差しながら諭す。


「それは……」


「だから、大人しく待っていなさい。もし、万が一… 本当に本当に万が一、私達と牛達がやられた場合、アンタは魔王軍と合流してその知恵を活かしなさい!」


「ここはお姉さん達と牛さん達に任せなさい~!」

「アイシャ様… ルーフェル様… 」


 二人の言葉にベルルは黙り込む。

 お姉さん二人の覚悟を察して、自分がこれ以上足を引っ張ってはいけないと思ったからだ。


「後はサターナ様からの合図を待つだけね」

「よ~し! みんなのために絶対に勝つぞー! えいえい、おー!!」


「「「「「モー! モー! モー!(えい! えい! おー!)」」」」」


 気合を入れるためにルーフェルが拳を突き上げると、牛達もそれに続いて声を上げる。

 その姿は勇ましく、その表情は凛々しく、まさに勇者のようであった。


「大声出すんじゃないわよ! 敵にバレたらどうするのよ!!?」

「ごめんなさい~」

「も~」


 だが、すぐにアイシャに注意されてシュンとするルーフェルと牛達の姿は、先程の勇姿は微塵もない。やはり、ルーフェルはルーフェルなのだ。


「見てください! 魔王軍が後退し始めました!」


 その時、ベルルが魔王軍を指差しながらそう叫ぶ。

 彼女の言葉に、ルーフェル達は魔王軍の方へ視線を向けると、そこには後退を始める魔王軍の姿が見えた。


 魔王軍は銃弾を防ぐ盾役を最後尾に配置しながら、乱雑とした様子で走って後退している。

 これは敢えて隙を見せることで、潰走しているように見せかけ敵を油断させるためであった。


「敵のあの乱れをどう思う?」


「まあ、我々の油断を誘う偽装でしょう。潰走しているように見えますが、四分五裂には逃げずに後ろに逃げていますからな」


 カールソンが魔王軍の潰走を見て副官に問いかけると、彼も同じ意見を口にする。


「何より弾除けの盾部隊が、後方に配置されています」


「我らが、油断してノコノコと追撃をしてきた所を急速反転して、銃を撃つ前に一気に距離を詰めようというところだな」


「おそらく」


 魔王軍の罠は看破されてしまう。


「だが、戦闘隊形を維持しながら追撃すれば、そのまま撤退を許す事にもなるな…」


 だが、いつでも銃を一斉射で撃てる戦闘隊形を維持しながらでは、走って後退する魔王軍に追いつけないのも事実で、そうなれば魔王軍を逃がしてしまう事になる。


「よし、軍団の半分を追撃速度で移動させ、残りは隊形を維持しながら前進。それを交代しながら追撃をする!」


 そう決断すると、カリウスは即座に伝令兵に命令を伝えさせた。

 そして、彼の指示を聞いた各指揮官が部隊を動かしていく。


「誘いに乗ってこんか。人間にも知恵のある者はいるということか」

「とりあえず、ギリギリまで引きつける。その間に隊列が崩れるかもしれん」


 人間達の動きを見て、老将二人は覚悟を決める。


「あれは、お祖父様!?」

「もう一人は、デスルド公爵だわ!」

「わたくしの祖父もいます!」


 魔族の視力と聴力は人間よりも優れているので、ルーフェル達はこの離れた丘からでも殿しんがりに見知った大切な人達を確認できた。


殿しんがりを務めるつもりなんだわ!」

「でも、あの状態で殿しんがりを務めれば、接近する前にあの飛び道具に…」

「どっ どうしよう~!? サターナちゃんの合図はまだなの~?」


 ルーフェル達が心配の声を上げている間に、人間達は老将に近づいていき銃による攻撃を始める。二人の部隊は、盾で銃弾を防ぎながら徐々に近づいているが、かなり厳しい状況であった。


 このままでは、二人とも盾ごと撃ち抜かれてしまうのも時間の問題だ。


「もう、時間がないわ! こうなったら、私達の突撃に本隊が気づいて、慌てて引き返してくるのを祈るしかないわね!」


「そうだね、アイシャちゃん…!」


 このまま手をこまねいていれば、デスバインやデスセバスチャンが殺されてしまうかもしれない。ここはアイシャの言う通り、運を天に任せて突撃するしかなかった。


 牛達を側面から突撃させれば、敵を混乱させることは出来るであろう。

 そして、その混乱に乗じてデスバイン達が攻撃を仕掛ければ、低い確率ではあるが敵を更に混乱状態にして、総崩れまで追い込む事ができるかもしれない。


 そうすれば、みんなが助かる可能性はここで時間を浪費するより、高いものになる。


 ルーフェル達三人は火魔法で松明を点火すると、それで三列で並ぶ牛達の尻尾に付いている葦に次々と着火させていく。


 そして、全ての牛の油の浸した葦に火をつけると、牛に乗ったルーフェルは突撃の号令を掛けた。


「行くよ! みんな!!」

「モーーー!!」

 ルーフェルの掛け声と同時に、牛達も一斉に鳴き声を上げる。

 その光景はまるで、百戦錬磨の戦士達による出陣式を思わせるものだった。


「とっつげきーーー!!!」

「モーーーーーーー!!」


 ルーフェルの号令に合わせて、牛達が人間の隊列に向けて走り出す。

 その姿は勇ましく、その姿はまさに勇者そのもの。


 彼女達は魔王軍の殿を守る老将二人を助けるために、雄叫びのように鳴き声をあげ土煙を舞い上げながら突き進む。


 ルーフェル達を丘に残して……


「えっ!? あれ!?」


 困惑するアイシャ。


「牛さんどうしたの? ねえ、どうしちゃったの~?」


 戸惑いを見せるルーフェル。


「ちょっと、動きなさいよ!」

「動いて、みんなの後を追いかけて~!」


 ルーフェルとアイシャは自分達が乗る牛に話しかけるが、その言葉に反応することはなく微動だにしない。


 ―いや、彼女達の乗る三匹の牛達は、涙を流して仲間を見送っている。

 牛達にはこの突撃が死への旅路で、もう二度と生きて会うことが無いのだとわかっているからで、残った牛達は仲間との永久の別れに涙しているのだ。


 牛達はここに来るまでに話し合っていた。

 もし、相手が強くてこの突撃が危険だと判断した時は、大切な御主人様達を死なせないためにも、自分達だけで突撃しようと…


 何故ならば、自分達が命を懸けて突撃するのは、優しい御主人様達の笑顔を守るため、お世話してくれた恩を返すためであり、彼女達が死んだら本末転倒だからである。


 しかも、御主人様達は自分の危険を顧みず、自分達と一緒に突撃してくれると言ってくれた。

 それは、彼女達が自分達を大切に思ってくれている証拠で、そんな素晴らしい人達のためなら死んでもいい。


 彼女(乳牛)達にこの無謀な突撃を決意させたのは、そんな御主人様達の愛情であった。


「あの子達… 私達を危険な突撃に参加させないために…… 」

「牛さん……」


 ルーフェルとアイシャは牛達の優しさを知り、胸が締め付けられるような気持ちになりながらも、自分達を置いていった牛達と残った牛達を責めることが出来ない。


 牛達は自分達を守るために、牛達だけ突撃していったのだから。


「無事に戻って来なさいよーーー!!」

「邪神様! 牛さん達を守って~!」


 ルーフェル達に出来るのは、彼女達が無事に帰ってくることを邪神(神)祈ることだけであった。


 だが、この少女達と牛達の勇気と思いやりの心が、この後<奇跡の火牛計><魔王ルーフェルの奇跡>として、後の世まで魔界で語り継がれる奇跡を起こすことになる。

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