第9話 苦戦





 人間達の銃火器により、苦戦を強いられる魔王軍。


「いかがなさいますか、魔王様!」


 本陣にいる幹部は魔王に判断を仰ぐが、その表情には絶望の色が見える。


「これは予想以上の損害だな……」

「このままでは、我が軍が崩壊致します!」


 魔族達に与えられた選択肢は2つ。

 後退して、射線の通らない地形で軍を再編してそこで戦いを挑むか、弾丸の飛び交う中を魔法や弓矢の距離である500メートルまで接近するかである。


 だが、接近できても魔法や弓を放つ前に銃弾を浴びてしまい、まともな反撃は難しいだろう。


 それに加えて、魔王軍の兵力は種族の強さに驕って、人間側の約半分の5000人であり一騎当千の強さを誇るのは20人ぐらいだ。


 なので、接近できたとして逆転出来るかは難しいと言わざるを得ない。

 そのためその場の空気は”撤退”を促していた。


「後方のバルバッド丘陵まで後退して、そこで軍を再編する!」


 バルバッド丘陵は、起伏に富んだ地形の場所で射線を切ることができ、弾や砲弾から身を隠す場所も多いので、魔王軍に有利である。少なくともこの平原よりは……


「承知しました!!」


 魔王の命令に即答する側近。

 だが、魔王の顔色は優れない。


 それは殿しんがりを務めることになる者達を、思ってのことだった。

 あの新兵器を相手に殿しんがりを務める者は、命を捨てに行くようなものだからだ。


 そのため誰も殿しんがりに志願するものはいない。


「魔王様。殿しんがりは、我が部隊が引き受けます」


 名乗りをあげたのは、現四天王にしてアイシャの父ドルーク・デモンラウスであった。


「ドルーク…… 」


 彼の顔を見て何かを言いかける魔王だったが、彼の決意に水を差すわけにもいかず黙ってしまう。


 その時、ドルークに叱責の言葉を飛ばす者がいた。


「デモンラウス! 四天王である貴様が、魔王様のお側を離れてなんとする!!」

「お主ら四天王は、最後まで魔王様のお側でお守りせんか!」


 それは老将の二人で、彼らは魔王の前まで歩み寄ると一礼しながら言葉を続ける。


「魔王様! 殿しんがりは、デモンラウスの代わりに我ら両名が務めましょう。それでよろしいですな?」


「…………」


 その提案に無言で考え込む魔王。

 魔王と側近たちは、ここに来て初めて老将達が参陣してきた理由を悟る。


 二人はこうなることを予想して、最初から殿しんがりを引き受けるつもりで、ここに来たのだということを… 即ち始めから死を覚悟していたことを……


 そんな彼らは決意に満ちた目で魔王を見ており、その思いを感じ取った魔王は苦渋の決断をする。


「わかった。二人に任せよう」


 魔王が二人の老将に告げると、彼らは深々と頭を下げて了承の意を示す。


「「御意!!!」」


 こうして、後退の方法を話し合った後に魔王軍は老将二人を殿しんがりとして、後方に下がることとなった。


 老将達が軍全体から45歳以上の者から、志願者を募ると800人近くが集まる。

 そのうちの400人は両公爵を慕って、領土から一緒に付いてきた者達であった。

 もちろんその中には、デスセバスチャンの姿もある。


 当然、若い者達からは自分達も参加したいと不満が出たが、老将達はこう言って宥めた。


「お前達が命を賭ける場所は、ここではない! この後に行われる反撃戦で、その力を振るうがよい!」


「それに、この華舞台は貴様ら若造には荷が重い。ワシら年寄りに任せよ」


 デスルド・デスバイン両公爵の言葉を聞いた若い者達は、黙って頷きその場を去っていく。


 その言葉から、”ここで死ぬのは年寄りの自分達が引き受けるから、後のことはお前達若い者に託す“という真意を理解したからだ。


「それにしても、あの日より生き恥をさらして、生きてきた甲斐があったというものだ。このような死に場所を得ることができたのだからな」


 馬上から武器を片手に、デスルドが隣に居るデスバインに向かって呟く。


「そうだな。これでようやくあの世で前魔王様やデスール・デスザックに大手を振って会うことができる」


 同じく武器を片手に馬を操りながら、デスバインが答えた。


 100年前の大戦で前魔王は勇者と相打ちとなり、四天王の仲間であったデスール・デスザックも戦死している。それに加えてデスバインは、跡取りであった息子も失っていた。


 そのため二人は、生き残った事に忸怩じくじたる思いを抱きながら、100年間生きてきていたのだ。


「では、行くとするか!」

「あぁ、そうだな!」


 二人が号令をかけると、老将達の率いる部隊は死へと続く場所に向かい前進を開始する。


 時は少し遡って、魔王達が撤退の軍議を行っていた頃―


 ルーフェル達は、人間達の右翼側面約1000メートル離れた位置にある小高い丘の上に到着していた。


 そして、戦場の様子を見て愕然とする。

 そこには、人間達の銃火器によりズタボロにされ倒れていく味方の姿があったからだ。


「何よ…… 何なのよ!? どうして、味方があんなに一方的にやられているのよ!?」


 その凄惨の光景を目の当たりにして、思わず声を荒げるアイシャ。


「あの新兵器のせいです。あれのせいで、魔族達が一方的に蹂躙されています」


 冷静に戦局を分析するベルル。


「どうしよう~? あんなのが飛んでくる所に、牛さん達を生かせたら危ないよ~」

「危ないところじゃなわよ!」


 困った顔をしながら、ルーフェルは不安を口にすると、そんな彼女にアイシャがツッコミを入れた。


「弱りました。ルーフェル様の言う通り、あの兵器の中に牛さん達を突っ込ませたら、3割… いえ、5割は犠牲になってしまいます……」


 ベルルはそう自分の予測を口にしたが、本当は8割だと考えている。


「”モーモーファイヤーの計”は夜に使用するのが、一番効果が高く被害を少なくできるのですが……」


 ベルルは、人間達があのような強力な遠距離武器を持っているとは想定していなかったので、牛達の突進速度であれば昼間に決行しても被害は少ないと計算していたのだ。


「夜を待っていたら、味方がみんなやられちゃうわよ!」

「はい、そのとおりです……」


 アイシャの反論にベルルはそこまでで言葉を止めた。

 この先の言葉は「牛達を犠牲にする」ということだからだ。

 それを察して、アイシャも黙ってしまう。


 だが、このままでは戦争に参加している彼女達の大事な家族が、犠牲になってしまう可能性が非常に高いのも事実であり、何かしらの手を打たなければならない。


 すると、牛達が「モーモー!(御主人様! 私達が作戦通りに突撃します!)」と鳴き出す。

 牛達の言う通り今のルーフェル達に打てる手は、始めからこれしか無いのだ。


「ダメだよ! そんな事をしたら、みんなが…!!」


 しかし、牛達の命を軽んじることなどできないルーフェルは、涙目で首を振りながら反対する。


「モーモー! モーモー!!(泣かないでください。この生命は既に御主人様に捧げています! どうか私達に御主人様の笑顔を守るために…、御主人様の大切な人達を守らせてください!!)」


 だが、牛達の決意は固く作戦決行を求めてきた。


「でも……」


 それでも尚、牛達を犠牲にする事ができないルーフェル。

 すると、牛達がルーフェルを慰めるようにすり寄ってきた。


「モーモー(安心してください。私達は御主人様の魔力で呼び出された存在なので、命を失ったとしても再び召喚されれば復活できます)」


「えっ?」


 その言葉に驚きの声を上げるルーフェル。


「本当なの?」


 彼女の問いかけに、牛達は一斉に首を縦にふる。

 もちろんそんな確証は無い。むしろ可能性は限りなく低いだろう。


 これはルーフェルを安心させるための牛達のついた嘘であり、そうあって欲しいという儚い願望なのだ。


「モーモ! モーモー!(はい! だから、作戦をじっこうさせてください!)」


 牛達のその言葉を聞いて、ルーフェルはようやく納得した。


「わかったよ。でも、私も一緒に行くよ! 牛さん達を魔法で援護するよ!」


 ルーフェルは作戦実行を許可した後にそう宣言する。


「アンタが行くなら、もちろん私も行くわよ! これで活躍して、次期四天王アピールするんだから!」


 それにアイシャが同意して続く。

 付き合いの長いアイシャには、ルーフェルを止めても彼女が牛だけを危険な場所に行かせるような事をしないのは解っていた。


 そして、危険だからと説得しても無駄だと言うことも解っていたので、彼女は同行することを告げたのだ。運命を共にするために…



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