第8話 人間側の新兵器





「人間どもめ。一体何を企んでいるのだ…」


 魔王は険しい表情で呟く。


 人間と魔族とでは個としての戦闘能力に差があり、そのため人間側はいつも遮蔽物や起伏の激しい地形を利用した戦場を選出して、そこに罠を張ったり挟み撃ちや奇襲などの戦術を駆使したりして、その差を埋めてきた。


 それなのに、今回は遮蔽物も起伏もない平原に布陣している。

 それが、魔王や魔族にはどうにも理解できなかった。


「やつら、どういうつもりだ…」

「さぁ? ただ前回の大戦時の記録よりも、敵の数が多いが…」


「やつら人間が、いくら集まろうがモノの数ではない!」

「まあ、何があろうが叩き潰すのみ!」


 側近達は、口々にそう言い放つ。


「あの新兵器の存在かもしれません」

「前回の戦いの時に、使用していた例の飛び道具… アレのことか?」


 話は人間達が、前回の戦い(100年前)で使用しだした“銃”の事に移っていく。


「あの豆を飛ばしてくるやつか! あんなモノを恐れる必要はないだろう」


 確かに100年前の銃は、先込め式の滑腔式歩兵銃(所謂マスケット銃)であった。

 滑空式なために、魔族には豆鉄砲ほどの威力しか無く射程も300メートル程なので、魔法と同程度の射程であり魔族達は恐れるに足らないと評価している。


「つい最近、国境の小競り合いで使ってきたが、俺のこの鉄のような筋肉には、傷一つ付かなかったぜ!」


 魔王の側近の一人がそう言いながら、自慢げに自身の肉体を見せつけた。


 彼の言う通り、今回のような大規模戦はここ数十年おこなわれておらず、国境近くに出没しては物資や資源の略奪、及びそれに伴う魔物に危害を加える冒険者と呼ばれる人間との小規模戦闘しか行われていない。


 その為、彼に限らず多くの者がこの度の戦争における人間達の技術向上の可能性について、考えていなかった。


「とはいえ、数は我らよりも多い。油断は禁物だ。貴公ら相手を侮っての猪突猛進はするなよ?」


 現四天王の一人ドルーク・デモンラウスは、慎重を期すべく部下達に釘をさす。


「おお、これは御老体。わざわざご苦労様です」


 そこに老将二人が姿を表したので、魔王は敬う様に二人に声をかけた。


「ですが、お二人が来られずとも、我々だけで十分ですよ?」


「久しぶりの大戦おおいくさと聞いて、年甲斐もなく血が騒ぎましてな。思わず馳せ参じたしだいです」


「なに、若い者から手柄を取ろうなどとは思っておらんから、安心してくだされ」


 魔王の問いかけに公爵達は、本当の目的を隠し笑顔で答える。

 戦闘の前に不吉なことを口にするのは、良くないからであった。


「では、御老体には本陣近くで、後詰めとして待機して頂くという事でよろしいでしょうか?」


「承知した!」

「異論は無い!」


 二人の老将は満足気に答える。

 彼らにとって自分達の役割を果たすには、その方が好都合だからだ。


 こうして、作戦会議を終えた魔王軍幹部達は、各々の持ち場に帰っていく。

 持ち場に向かうデスバイン公爵に、内々に魔王から呼び出しが掛かる。


「義父殿、呼びつけて申し訳ありません」

「立場的には仕方が無い。気になさるな」


 本来なら、娘婿の魔王から出向くのが礼儀であるが部下の所に出向くのは魔王としての立場では出来ない。そのため魔王が謝罪の言葉を述べるが、デスバイン公爵は理解しているので笑顔で応えた。


「義父殿が、わざわざ老体を運んで来たのには、何か理由がお有りでしょうか?」

「さすがは婿― 魔王様。察しが良いですな」


「……やはり、人間どもの新兵器を危惧しての事ですか?」


「どうも歳を取ると心配性になりましてな。それで一つ慎重に行動するようにと注意喚起をと思った次第です」


「それはわざわざ… ご忠告、しかとこの胸に刻みつけておきます」


 魔王は一礼して、素直にその忠告を受けいれる。


「その返事が聞ければ安心ですな。では、年寄りは後方から若い者の戦いぶりを拝見させて貰いますかな」


「はい、義父殿。どうぞ後方でごゆるりと……」

「では、失礼致す」


「最後に…… ルーフェルの事を… これからもどうかよろしくお願いします」


 魔王はその言葉を告げた後、可愛い娘の行末を義父に頭を下げて頼み込む。

 それを見て、デスバイン公爵は少し苦笑いを浮かべながら呟いた。


「ルーフェルはワシの孫ですぞ? 邪険に扱ったりはしません。安心なされ」


 義父のその言葉に、魔王はもう一度深々と頭を下げる。


(ただし… ワシではなく妻が… になるだろうだがな)


 そう思いながらもその事は口に出さず、デスバイン公爵は本陣へと帰って行った。


 その頃―

 対峙する人間側では、各指揮官の元布陣が完了している。


 その布陣は、銃兵を3列横隊に並べその隣に接近してくる敵から銃兵を守る探索者(近接職と魔法職)を配置しそれを一部隊として、計10部隊約1万人が展開しており、布陣の左右には騎兵が配置されていた。


 そして、その一部隊には初期型の野戦砲も数門ずつ配備しており、銃と支援砲撃による遠距離攻撃がメインとなっている。


 人間側の兵力の内、銃兵が7000人も占めていて、その多くが数ヶ月訓練しただけの新米兵士で構成されていた。


「訓練どおりにすれば、我らが勝利する!」


 各部隊の司令官が激励すると、周りの兵士達もその言葉に力強く同意して、意気揚々と声をあげる。前日に振る舞われたワインとポークステーキで、兵士達の士気と体力は万全だ。


「この戦いで魔族共との戦いは変わる。腕自慢の冒険者の時代から、銃を手にした一般兵士達の一斉射による火力の時代にな!」


 人間側の最高司令官グスタフ・カールソンは、馬上から布陣を見つつ副官に語りかけた。

 彼の言う通り、人間達が開発した近代火器の登場により、戦場の様相は大きく変わろうとしていた。いや、変わることになる。


 銃火器を装備した数百数千の一般兵士を、指揮官が統率し秩序だって戦闘を行う。

 人間側の戦争はこの形に移っていくだろう。


「まあ、元冒険者の私としては、寂しく思いますけどね」


 そう答えたのは副官で、彼は元冒険者でその腕と経験で副官を務めている。


「だが、これも時代の流れだ。まあ、戦争以外の場所ではまだ活躍する場はあるさ」


 グスタフは彼に気を遣ってか、そんな言葉をかけた。

 そして、両陣営が準備を終えると”ガダラン平原の戦い”の幕が切って落とされる。


 両陣営は陣形を維持しながら、じわりじわりと距離を詰めていく。

 そして、お互いの距離が1500メートルになった時、人間側は前進を止めて銃を構える。


「弾を込めろ!」


 指揮官の号令と共に、歩兵達は銃や野戦砲に装填を始めた。

 それに対して、魔族達は意気揚々と前進を続ける。


 有効射程900メートルに入った時、司令官の号令が響き渡る。


「撃てぇーーー!」


 その瞬間、人間側が一斉に発砲した。

 発射された銃弾は音速を超え、風を切りながら凄まじい勢いで目標に向かう。

 そして、先頭を進む魔族の体に命中する。


「ぐわあああ!!」


 悲鳴を上げながら倒れる魔族。

 その後方にいた者も、急所に命中しなくても身体中を撃たれ、痛みに悶え苦しむ。

 そして、そのまま絶命する者も少なからずいた。


「やったぞ!!」

「うおおお!! ざまあみろ!!」


 あの屈強な魔族達が、弾丸を浴びて倒れる姿を見て歓喜の声をあげる兵士達。


「馬鹿者!! 浮かれずに続けて発射せよ!! 撃てぇーー!!」


 すぐに我に返った兵士達は、慌てて次弾を込めて一斉射を行う。

 再び鳴り響く銃声。


 そして、銃弾を受けて次々と倒れる魔族達。


「馬鹿な!? 我ら魔族があんな豆に!?」

「負傷者を後方に下げろ!!」

「敵の弾に当たらないように、体を地面に伏せろ!!」

「盾を持っているものは、最前列に出て攻撃を防げ!!」


 突然の事態に浮き足立つ魔族軍。

 魔族達は盾で防いだり、しゃがんだり地面に伏せたりして、少しでも被弾面積を減らそうと行動する。そして、負傷者を後方に移動させ回復魔法で治療を始めた。


 だが、地面に伏せるのは悪手であり、放射線を描いて地面に落下する野戦砲から放たれた砲弾の餌食となり、魔族達の体は爆発し四散する。


 初期型の野戦砲なので、中には飛んでくる鉄の砲弾を受け止める屈強な魔族もいるが、多くの魔族が負傷してしまう。


 人間達が使用している銃はスナイドル銃に似た後装式小銃で、砲身内はライフリングが施されており、有効射程は900メートル。威力も人間なら部位欠損が起こる程の威力である。


 弾丸も球形からドングリ型に変更され弾薬包と一体型になっているので、装填時間は大幅に短縮され発射速度は6秒間に1発であった。


 そのため頑強な肉体を持つ魔族と言え、6000丁の銃から6秒間に1発の間隔から放たれる弾丸に、一方的にやられてしまい前線が崩壊していくことになる。


 だが、この”ガダラン平原の戦い”の勝利を魔王軍にもらす者達が近づいていることを、両軍はまだ知らない。


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